第45話
「それがないから無理って言うとったやん?でもそこはそれで解決するやん」
「……」
「それでなくてもゼロが“1”やで?デカいと思わん?」
「でもフリなんだよね?」
「そうやで?でもそんなん俺らにしか分からんことやし。せやから別れた後の人生では“高一の時に三ヶ月だけ付き合った彼氏がおった”って言ってもええやん。嘘ではないし」
「……」
普通に考えれば確かにそれは大きいのかもしれないけれど、その“1”が自分に必要かはよく分からない。
“今まで何人と付き合った?”…って、私はいつか誰かに聞かれることがあるのかな。
黙ったまま依然ひたすら足を進める私に、
「死んでも迷惑はかけへんから」
彼はなぜか改まったように真面目なトーンでそう言った。
ちょうどそのタイミングでぐるりと一周して元いた教室のある校舎に戻って来た私は、予鈴が鳴り始めていることに気付きつつも自分の教室の前で思わず足を止めた。
そうすれば、何も言わなくとも彼もすぐに足を止めた。
そちらを見なくても分かる。
うちのクラスから注がれる好奇の視線。
新学期が始まって約二週間。
何をされても私がこれでもかというくらいのポーカーフェイスを決め込んでいるせいで、みんな少しずつ飽きが生じ始めていることには薄々気がついていた。
そんな中私が男といるとなれば、このクラスにはまた新たな風が吹くことだろう。
本来の私ならばそれをすぐに察して回避もするだろうし自分ならできたとも思うのだけれど、今はどうしても目の前で同じように足を止める彼以外に意識を持っていかれることはなかった。
「三組やったんや。俺五組」
聞いてもいないそれを私に伝えてくる彼は、今鳴っている予鈴なんて全く気にする様子もなく私にしっかり体を向けたままだった。
「何で私なの…」
「え?だっていい子やから」
「いい子…?」
「昨日ティッシュでほら、やってくれたやん」
彼はそう言って昨日の私の、煙草をティッシュで包む動作を真似るように両手を広げてパタパタと合わせたり離したりと繰り返していた。
「あれくらい全然…」
「普通あんなんことせえへんで?ましてや知らん奴の口付けたもんなんか」
「あれは咄嗟に」
「それなら尚更やん。まぁ昼休み答え聞きにくるからもっかい考えてみてや」
彼はそれだけ言うと、すぐに反転してもうほとんど人のいない廊下を歩き始めた。
私はなぜかその場でその後ろ姿を見つめ、彼が五組に入っていくところまでをしっかり見届けた。
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