第41話

さっそく彼とのことを過去にしようとしていた私は、翌日の朝にはもうすっかり彼のことなんて綺麗さっぱり忘れていた。



だから日課になった目的のない校内散歩の途中で突然腕を掴まれても、私には振り返るその瞬間までその状況を全く理解できなかった。


今まで私を見て揶揄う人はいても実際に接触してくる人は一人もいなかった。


ついに私への嫌がらせはそこまでエスカレートしたのかと漠然とした恐怖心を抱えて振り返ったのだけれど、



「待てって!何で無視すんねん!」



そう言って怒る彼に、私は思わず「セ…」と小さく彼の名前を口走ろうとしてしまった。


それは二限を終えた直後の休み時間だった。



あ…私、名前覚えてた…



「俺あのトイレんとこですれ違ってからずーっと声かけててんけど!」


そう言いながら、彼は空いている左腕を後ろに伸ばして私達が今いる場所よりも十メートルほど戻ったところにあるトイレを指差していた。



「あ、ごめん…気付かなかった…」 


「え、絶対嘘やん。俺めっちゃデカい声出しとったで?」


「うん、ごめん…」



いや…なんていうか…


ここってがっつり校舎の中だし、昼休みとか放課後ならまだしも授業と授業の合間のたった十分の休み時間だし、だから私達の周りには当然生徒はたくさんいるわけで…



ていうか“コタ”とかいう友達から私のこと聞いてないの?


それとも“コタ”も私のことを知らないとか?



今もなお目の前にいる彼は私に無視されたことがよほど気に入らなかったのかしつこく無視だ、無視だと主張してきていたけれど、私はそれでもなお彼の話すその内容よりもいまだに腕を掴まれていることだとか、それも込みで周りの視線がとにかく気になって仕方なかった。



たくさんの人が見ている。


コソコソと何か話している人もいる。


何を言われているんだろう。


その全てが私のことのように思えてしまう。


もうこれちょっとした病気でしょ。


目立つつもりなんてないのに、私———…



「はぁ…まぁええわ。たぶん嘘じゃないんやろうしな?」


そう言われてやっと周りよりも目の前の彼に意識を向けて目をやれば、彼はもう昨日と同じように笑って私を見ていた。


私と目が合うと、彼はようやく私の腕から手を離した。

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