第38話

“今の奴、ちょっとした有名人だよ”みたいな入りから始まり、自分が他人から他人へどんな風に説明されるのか。


そんなものが簡単に想像できる。


本当に悲しいくらいに。


噂ってそういう風に広まっていくんだろうから。


噂といえどそれでもその内容は事実も存分に含まれていて、だから私は何も言えない。


また一人私を異物扱いする人が増えたんだなって、ただそれだけ。



でも、ほんの数分だったけれど普通の会話というものは想像以上に楽しかった。


大した話はしてないし、あれを“会話”と呼ぶにはあまりにも薄っぺらいかもしれないけれど、これはしばらく思い出しそうだ。




はぁ…コトラ…



私、言葉なんて話せない方がきっと幸せだなんて思ってたけどさ…どうだろう。


実際のところ、話せる話せないよりもその相手がいるかいないかの方が大事なのかもしれないね。


…ってまぁ話せないコトラに胸の中で言葉を投げかけたところで意味なんか無さすぎるんだけど。









正門まであと五メートルくらい。



後ろからタッタッタッタッと軽快に走る足音が聞こえる。



胸の奥で“違うよね?まさかね?”と自問自答を繰り返す。



担任に呼ばれたのに加えてゴミ出しをしたことでいつもよりかなり時間を取られているから、今この場所には偶然にも私しか人はいなかった。



でもその人が必ずしも“人”に用があるとは限らない。



そもそもこの足音は彼のものでもないかもしれない。



でももちろんその逆も然り。



私を追って彼が来たのかもしれない。



そして私は考えた。



これは何も知らない彼への期待か、もうすでに知ったかもしれない彼への自己防衛か。



その答えが出ないままにその音が私に近付いていると気付いたその瞬間、私は真後ろから突然右手首を掴まれて思わず足を止め振り返った。


「っ、」


「ちょお待って!」


「…あ、」


そこにいたのはもちろん、ゴミ置き場の裏で煙草を吸っていた彼だった。


「ちょうどええわ!頼みがあんねんけど!」


「頼み…?」


“ちょうどいい”も気になったけれど、一番はこっちだ。


その内容なんて全く予想もつかないけれど、私に何かを頼むということはやっぱり彼はいまだに私の過去を知らないのだろう。


「うん、そう!」


足を止めた私に安心でもしたのか、彼はそう言って笑いながらようやく私からゆっくりと手を離した。




「俺の彼女になってくれへん?」




それは彼が私に頼むにしてはあまりにも不相応な内容だった。

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