第17話
本来ならば私は、今日は二学期初日で始業式しかないのだからコトラにまたご飯をあげに行くことも、早々に家に帰ってお母さんが呼ぶ役所の人を待つことだってできたはず。
でも、
『コーラ飲みたい』
トモキくんからそんなラインをもらってしまったらそうはいかない。
それが夜中の一時に来たもので約十一時間も経った今ならもうその欲求に私が応える意味はもはやないのだとしても、無視はできない。
学校から最寄り駅までを朝と同じように十分ほどかけて歩き、駅の正面ではなく裏手の細い路地をまっすぐ進む。
それから見えてくる二つ目のカーブミラーを左に曲がってすぐ。
直前で通りかかる自動販売機で希望通りのコーラを一本買って、最大限冷えた状態で渡すために早歩きで二階建てアパートの一階にある彼の部屋を目指した。
ピンポーン———…
到着早々何の躊躇いもなくインターホンを押してすぐ、それを見つめながら私は額に浮かんだ汗を右手の甲で拭った。
「……」
反応なし…一応もう一度押してみるか。
ピンポーン———…
二度目のそれにも、反応はないどころかドアが開くこともなかった。
「はぁ、」と音にならない程度に小さく息を吐くと、私はすぐにポケットから携帯を取り出してラインを開いた。
またトーク一覧からトモキくんの名前を探さなければならない。
夜中のラインでもう私が今日来ることは分かっているはずだから、朝一の確認以降にメッセージが来ていることはおそらくないだろう。
どうやらラインには“ピン留め”なんていう機能もあるらしいけれど、この男にそんなことは死んでもしない。
また一段と増えた気持ち悪いメッセージをできるだけ目にしないよう、朝よりも勢いよく何度も指でスクロールをしてその名前を探した。
やっとの思いでそれを見つけて『着いたよ』とラインを送れば、既読はすぐについた。
それから数分待ってみたものの返信はなく、私はそのまま携帯をポケットに戻した。
これまた何の躊躇いもなく今度はドアノブを掴んで下せば、ガチャッという音と共にドアは少しこちら側に開いた。
そりゃいるよな…
「お邪魔します」
とりあえずそう言って中に入り靴を脱ぐと、細く短い廊下の奥にある唯一の部屋からはほんの少しテレビと思われる音が漏れて聞こえた。
廊下の両側に位置するトイレと洗面所を通り過ぎてゆっくりその部屋へ続くドアを開ければ、トモキくんはテレビの前でこちらに背を向けるように寝転がって肘をつき右手で頭を支えていた。
眩暈がしそうなほどに充満した煙草の煙のせいで視界が悪くて吐きそうだ。
そんな私に、
「…お前不法侵入な」
依然背を向け寝転がるトモキくんは、こちらを見ることもなくそう言った。
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