第10話
「そっかそっかー。で?したの?気持ちいいこと」
そう言われて、私はそっと目を閉じてゆっくり深く俯いた。
逃げたのだ。
自分の過去から。
お母さんやサナを苦しめてしまっている、私の過去から。
あの時もそうだった。
あの塊の「生きたい」から私は目を逸らし切り捨てた。
だからきっと今もこんなに胸が重い。
背後の少し離れたところからクスクスと笑う声が聞こえた直後、真後ろにいる男が「いいなー、俺もヤりてぇー」と恥ずかしげもなく大きな声を出した。
…キモい、死ね。
またどこからか笑い声が聞こえたかと思うと、それに紛れ込むように「バカじゃん」と楽しそうな声が聞こえた。
うん、バカ。本当にバカ。
バカは大人しく電車にも乗れない。
「バレたらやべぇってなったら余計燃えそうじゃね!?」
こんなバカの声、聞きたくない。
これ以上ないというほど深く俯いていた私は、震える両手で両耳を塞いだ。
それでも音を完全に遮断することなんてできやしなくて、それからもその男は真後ろからひたすら何かを言っていたけれど私はもうその全てを受け止めはしなかった。
「チッ…何か言えや」
そんな言葉と同時に背後に男の気配を感じなくなったのは、学校の最寄駅に到着する直前だった。
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