第6話

「はぁ…いいご身分だよね」


ほんの少し緩んだ口元に反して意地悪な言葉をしっかり意地悪な口調で口にするサナを阻止する意味でお母さんが「サナ」と名前を呼んだけれど、サナの視線は私から一切ブレることはなかった。


「人の環境散々かき乱しといて自分はとっとと中学卒業しちゃうんだもん。晴れて自由の身?青春を全力で謳歌しちゃってる感じ?残されるこっちの身にもなってよ」


「…別に楽しくなんかないよ。それどころか今日からはもう毎日きっと地獄だよ」


「それどういう」


「お母さん、」


サナの言葉を遮るようにそう呼べば、少し心配そうな顔でこちらを見ていたお母さんと目が合った。


「私携帯変えたい。番号ごと。二週間くらい前から変なラインがまた来るようになった。たぶん夏休みの間に高校でも私の話が広まったんだと思」


「贅沢言うな、疫病神!」


私が話し終えるよりも、お母さんが何か言うよりも先に口を開いたのはサナで、お母さんからそちらへ視線を移せばサナは睨みつけるような目で私を見ていた。


「お姉ちゃんのラインのIDも番号も、去年のあのタイミングでとっくにSNSで拡散されてる!変えたところで同じことだよ!?最初は何もなくたって、そんなの時間の問題じゃん!どうやるのかは分かんないけど、誰かがどうにか新しい番号とか手に入れてまた一瞬で全国の人に拡散すんの!」


「……」


「……」


「……それにその変なラインがなくなったところで環境なんてそう簡単に変えられないでしょ」


「……」


「……」


サナの言うことはもっともで何も言えなくなった私と同じように、返す言葉が見つからないのか隣のお母さんもひたすら黙ったままだった。


半ば独り言のように言われた最後の言葉は、まるでサナが自分自身にも諭しているような口ぶりだった。



「ていうかどうせ連絡を取る相手なんていないんだから、携帯だって持つ必要もないのにお母さんが甘やかすから」


「甘やかしてるわけじゃないよ?サナだって携帯は持ってるじゃない」


「この人にはいらないでしょって言ってるの」


「お姉ちゃんに向かって“この人”なんて言い方やめなさい」


「ほら、またそうやって!庇う価値あんの!?私達は一生この人が生きてるだけで迷惑かけ続けられるんだよ!?」


「一生なんて大袈裟な…ほら、また牛乳中途半端に残してる。全部飲んじゃいなさい?」


「話逸らさないでよ!お母さんだって本当は私みたいに———…」




…やめて。


…ごめんなさい。


…全部私のせいです。




サナの少し大きくなった声を聞きながら、私は手元にある食べかけのチーズトーストをひたすら眺めた。


耳を塞ぎたい。


その声量ならきっと完全に遮断はできないだろうけれど、それでもその声が遠くなるだけで今は十分だ。



でもそれはもちろん今のサナの感情を逆撫でするんだろうし、私に逃げるような選択をする権利があるとも思えはしなかった。

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