メリークリスマス

「お母さんに、ケーキ渡しといたから」



家を出てすぐ、ピュッと吹く風の寒さを感じながら、彼が呟いた。


それを聞いて、彼が来てすぐにママが持っていた紙袋はやっぱりケーキだったんだと、納得した。



「…寒くないか?」


「うん…」


「そんな遠くに行かねぇから」


「……」



気分が乗らなかった。


付いて行く事で誠意を見せようとしたけど、こんなテンションじゃ逆に彼に失礼だったなと思う。



だけど上がらない気持ちを無理矢理上げる気力が、今のあたしには無い。



「ミズキ…」


彼が立ち止まるから、あたしも立ち止まる。



「おまえって、ほんとに口聞かなくなるな…」



関心しているのか、改めて実感しているのか…どちらにせよ良い意味には聞こえない。



「どうしたら良い?」



手を焼いていると言いたいんだろう。



「何が?」


「どうしたら普通に喋る?」



そんな事、あたしに聞く…?



「おまえが話さねぇのって、結構キツイ」



そんな事を言われても、あたしだって分からない。



「とりあえず、隣歩かねぇか」



彼の2、3歩後ろを歩いてたあたしの横へ並んだ。



ゆっくり近づくと、彼はあたしの歩幅に合わせて歩き出し、


「…今までも、俺の行動がミズキを傷つけたりしたか?」


あたしの気持ちを確認してくる。



「そんな事ないよ…」


「…そうか」


「アッキーは何も悪くない」


「そうか」


「…ごめんね」


「何でミズキが謝ってんだ」



フッと口元に笑みを作った彼の、あたしを見下ろす瞳が優しい。



「だって…あたし、責めてばっかりだから…」


「そうか?」


何でもないって顔で答える彼は、あたしを素直にさせる天才だ。



「何か話さなきゃって思ったのに、タイミングが分からなくなって…」


「そうか」



気分は下がる一方だったのに、彼があたしの心を開放していく。



「何か…辛くなって来て…」


「……」


「言葉が出なくて…」



俯くあたしに、



「ミズキ」


彼の低い声が耳に響く。



「だったら話さなくて良い」


「でもさっき、」


「確かに、おまえが口聞かねぇのはキツイけど」


寒そうに身を縮めた彼は、今日は良く喋る。



「原因作ったのは俺だ」


「それは…」


「俺はそれを受け止めなきゃなんねぇ」


「……」


「おまえが安心して甘えられる男になりてぇなって思う…」



甘えてばかりのあたしは、散々彼を責めてきたのに…



「悪かったな…こんなクリスマスになって」



彼はあたしを一度も責めない。



「何があっても、ずっと俺と居たいっておまえが思えるような男になるよう努力する」



あたしは何も言えず、俯くばかりで…



「ミズキ、着いたぞ」



彼が立ち止まったのは、気配で分かった。



「これを一緒に見たかった」



彼の言葉に視線を上げると、



「イルミネーションだ…」



ライトアップされた造形芸術が視界いっぱいに広がっていた。



「ここ…?ここだったの?連れて行くとこって」


「あぁ」


「…凄い、綺麗…」


「そうだな」



嬉しさを含んだまま彼を見上げると、つられたように彼も微笑み返してくれた。



「あたし、何があってもアッキーと一緒に居たいって思ってるよ」



ポツリと出た本音。



「でもね、あたしって我儘だから…今日みたいに面倒臭い感じになっちゃうのね…」


「あぁ」


「そうゆう時、前言撤回したりするかもしれない…」



今はそう思ってても、今日みたいに心が乱れる状況に遭遇した時、あたしは感情に任せて平気で言葉をすり替えるかもしれない。



「だから何って訳じゃないんだけど…」



言葉が続かないあたしに、


「分かった」


イルミネーションの光を浴びた彼が、そう頷いた。



「でも、俺は神じゃねぇから、おまえの言ってる事を100%理解して行動する事は出来ねぇ」


「…分かってる」


「だけど、善処する」



彼はイルミネーションへと視線を向けた。



「だから、来年もミズキと一緒にこの景色を見たいって思う」


「……」


「ミズキ、」


「うん」


「メリークリスマス」








—完—

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クリスマス リル @ra_riru

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