白い恋人達

彼はゆっくり体を離し、あたしから視線を逸らす。



「……」



この雰囲気、どう切り替えれば良いのか分からない。


さぶっと震えるあたしに、彼の冷めた瞳が向けられた。



「寒いか?」


「寒いよ」


「……」



ふー…と、白い息が彼の口から漏れる。



「こうゆうの、どうしたら良いか分かんねぇんだ…」



決まり悪い口調の彼に「…こうゆうの?」と、疑問が零れた。



例えば告白される時って、状況にもよるけど、だいたい察しがつくものだと思う。



「話がある」なんて言われれば尚更。


異性がわざわざ呼び出して言う話なんて、大概恋愛に結びつく。



だから、「…こうゆうの?」と聞き返したあたしですら、そうゆう雰囲気から察しはつく。



だけどこの場合、相手が彼だから、この先の展開が読めない。



だって彼は言わないと思う。



好きだとか、愛してるとか…


そんな愛の言葉を囁かない。



口が避けても言わない気がする。



だって現に…



「……」


何も言ってくれない。



このまま家の前に2人して突っ立ってる訳にもいかないから、あたしは彼の腕を掴んだ。



「雪が降りそうなぐらい寒いから。もう帰った方が良いよ」



あたしなりに、この場を取り繕うとした。



「明日また一緒に学校行こうね。帰りも一緒に帰ろうね」


「……」


「あっ、たまに友達と帰る時があるかも!」


「……」


「まぁ、たまにだから!その時はごめんね」


「……」



黙ったままの彼に、「また明日ね」とあたし達の未来を託した。



少なからず、あたし達の関係は続くと…そう納得させたかった。



言葉がもらえなくても、形が手に入らなくても、あたし達がこのまま続いていくなら、それで良いのかもしれない。



…少しの寂しさには、気づかないフリをしようと思う。




「じゃあ、あたしもう家に入るから!」



早く早く!と、急かし帰るように促すあたしは、意中の相手から“恋人”と言う称号を与えられなかった事への寂しさを、振り切るように声を上げた。




「…ミズキ」


「風邪ひくよ!」


「おまえは、」


「ここに居るとあたしも寒いから!」


「いや、おまえ」


「なにっ…」


「……」


「もうっ…」


「何泣いてんだ」



ポロポロと頬を伝う涙が、冷たい風に当たって切なかった。



「…もうっ…」


「……」


「…何でよっ…」



出てくるのは、どうして泣いてしまったんだと悔やむなげきの言葉ばかり。



「…早く帰ってよっ…」



だけどやっぱりあたしには、虚しさを抱えたまま寂しさに目を逸らす事は出来なかった。




「付き合わないならもう関わりたくないっ…」


「……」


「とか言えないのっ…あたしはっ…」


「……」


「好きだから一緒に居たいし…良く分かんない関係でも一緒に居れるなら良いって思う…」


「……」


「あたしの事好きなんじゃないの…」


「……」


「うぅっ…」



一気に弾けた気持ちが、冷えた体から熱い吐息を吐き出させた。



「ミズキ」



両手で顔を覆うあたしの頭上から、彼の低い声が降ってくる。




…言ってしまった。



と、言った後ですぐ後悔した。




「ミズキ」



彼がもう一度あたしを呼ぶ。



「ミズキ…」



2度目にして溜め息混じりのその声に、



「なに…」



反抗的な言い方しか出来なかった。



「今日何の日か知ってるか?」


「……」



今日が何の日かなんて、今してる話しとの関係性が全く見えない。



「…おい」



気分がガタ落ちなあたしに、彼は尚も今日とゆう日について話そうとする。



「ミズキ」



ほんっと、もうやめてほしい…



「ミズキ、」


「なに!」


「俺と付き合うか?」


「……」



涙が引っ込むとは良く言ったもので、ウジウジと流れていたものが一瞬にして目の奥へと引いて行く。



だって今……



「お茶でもするか?って、言った?」


「言ってねぇよ」



間髪入れず返って来た彼の言葉。



冗談じゃないのに。本当にそう聞こえたって言ったら嘘になるけど―…


彼の口調があまりにも普通に耳に届いたから。



「え、じゃあ、な、なに?」



そう聞き返すと、冷たく睨まれてしまった。



「お茶でもしますか…?」


「変わってねぇよ」


「お茶入れようか…?」


「いらねぇよ…」


「じゃあ―…」


「ミズキ」


「……」


「俺と付き合うか?」


「……」


「……」


「…付き合うっ…」



言ったのと同時に、体が引き寄せられた。



「返事が遅い…」


「付き合うっ!」



彼の肩越しに手を伸ばすと、持ち上げられるかのようにきつく抱き締められ、



「ハァ…」



ほんとに、ほんとに、心底安易してるかのような溜め息が、籠もって聞こえた。




「今日が記念日になった!」



この嬉しさを誰かに伝えたくて、



「あら!そうなの!?」


パートから帰って来たママに、家の前で遭遇したのも何かの縁。



「どうぞ上がって!」



無理矢理彼を家の中へと招いた。



「ちょっと待ってね!今温かい飲み物を用意するから!」



慌ただしくキッチンへと向かうママに、「おかまいなく…」と、彼が返答した。




「…渡したい物がある」


「え?」



リビングのソファーに並んで座ると、彼は鞄の中を漁り出した。



「これ…」



と、出て来たのは包装紙に包まれたもの。



「…ほんとは飴だった」


「飴?」


「さすがにもう食えねぇと思って捨てた」


「え?」



話しが読めないあたしに、



「塾でもらったバレンタインのお返し」


「塾…?あの時の!?」


「…あの時は渡せなかったから、今回は渡したいと思ってた」



何だか途端に彼が愛しく思える…



「先月のバレンタインのお返し」


「…ありがと」



胸がいっぱいで、言葉が詰まってしまう。



包みを開けると、



「え、」



ベージュのマフラーが入ってた。



「…マフラーだ」



変に棒読みになってしまったあたしは、既にグレーのマフラーを貰ってる事から、拍子抜けした。



「ま、まぁ、マフラーはいくつあっても助かるしね!」


「…何言ってんだ」



不意に彼の手が伸びて来て…



「それ返せ」



あたしの首に巻かれたままの、グレーのマフラーをほどいた。



「えぇ…」



戸惑うあたしに、「これと同じやつ」と、彼はマフラーへ視線を向けた。



「ほんとだ…」



確かに同じブランドの物で。



「これは返して貰う」



つまり…新しくベージュのマフラーをやるから、そのグレーのマフラーを返せと…言う事だろうか…



「グレーのマフラー…あたしの誕生日プレゼントじゃないの?」


「そうだな」


「じゃあ何で返すってなるの…」



ベージュのマフラーを貰ったのは嬉しい。だけどあたしには、グレーのマフラーの方が、思い入れがある。



「これは譲れない」



グレーのマフラーを差し出すぐらいなら、あたしはベージュのマフラーなんていらない。



「ミズキ…」


「やだ。これあたしのだもん」



彼の手からグレーのマフラーを掴み取ると、



「俺も譲れねぇ」



意外にも引き下がってくれない。



「腐ってても飴の方が良かった…」



呟いた言葉に、彼は「聞いてほしい」と、あたしに声をかける。



「確かにこれはあげたもんだから、返せっつうのはおかしいけど…」



その話に耳は傾けていたけど、彼の方は見なかった。



「なんつうか…」



歯切れの悪い話し方に、彼から戸惑いを感じる。



「…周りがうるせぇから…」



そこで言葉を止めるから、思わず視線を向けてしまった。



「おまえの事、冷やかされる」



どうゆう意味?と言葉にはせず、視線だけ向けたままのあたしに、「それ」と彼はグレーのマフラーを指差した。



「おまえにあげるまで、ずっと俺が使ってたのを周りはもちろん知ってる」


「……」


「俺がマフラーしなくなった時は何も言わねぇのに、おまえがしてるのにはすぐ気づきやがって、周りがうるせぇんだよ…」


「……」


「話しかけて来いとか、何で告らねぇんだとか、」


「え?」


「おまえの教室まで見に行ったりするし…」


「え?え?」


「今日だって、体育の時にわざと目立つようにおまえの方見てたろ…」


「ちょっと、それって…」


「……」


「あたしが好きなの、バレてたの…?」


「いや…」



彼は視線を逸らすと、



「…逆だ」



そう小さく呟いた。



「逆…」


って事は、思い浮かぶのは一つしかない。



「アッキーがあたしの事を好きって、みんな知ってるって事…?」



浮かんだままの思いを口にすれば、



「……」


無言で睨まれた。



「そうなんだ…」


否定しないから、睨む事を肯定したと捉える。



そう言われたら、今日の体育でバレーをしてた時の事を思い出した。



「アッキーって、そうゆうの友達に言うんだ?」


「…そうゆうのって何だ?」


「好きな人の話…」



自分で言って照れてしまったあたしに、



「言わねぇよ」



彼はスッパリと否定する。



「だよね…」



あたしもそんな気がした。



彼がそんな話をするとは思えない。だけど、してくれてたら…と、期待せずにはいられない乙女心を分かってほしい。






…分からないか。





「おまえを見かける度に、アイツら茶化してきて…これ以上は無理…」



心底嫌そうに話す彼とは反対に、あたしの気持ちは見る見る内に晴れていく。



「おまえには悪ぃけど、そっちのマフラーしてくんね?」



ベージュのマフラーに視線を向けた彼は、本当に切実そうで…



「うん」



きっと、あたしの顔はニヤけていたに違いない。



どちらかと言えばクールな彼が、友達に冷やかされてるのかと思うと、何だか笑えてくる。



しかもその対象があたし。



「何て言ってるの?」


「何が…」


「あたしの事、友達にそんな風に言われて、アッキーは何て言ってるの?」


「……」


「あー、無視してそうだね」


「……」


「当たりでしょ?」



冷やかされても知らん顔してやり過ごす彼が、簡単に想像出来る。



「ほんとはこのグレーのマフラーが良いけど、そうゆう事ならアッキーが持ってて良いよ!」


「……」


「あたし、ベージュって似合うのかな?」



手にしていたマフラーを首に巻いてみると、



「…ミズキ」



彼があたしを呼ぶ。




「すげぇ好きだ」









―完―

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