交差する想い

「うわー…それキッツいね…」



教室に着いてすぐ、友人に朝の出来事を話した。



「照れてんのかな?」



あたしは何とか前向きに頑張ろうとしていた。



「…違うでしょ」


「……」



友人にバッサリと否定され、頭を抱えてしまう。



「ミズキ達、付き合ってんだよね…?」



バレンタインの夜、半ば強引に登校を希望した。彼は毎朝きちんと8時に家の前に居てくれる。



それが凄く嬉しくて。


毎朝彼と一緒に居れる事が嬉しくて…


それだけで満足していた。




「付き合うって何?」


「えっ…付き合ってんじゃないの?」


「え?付き合ってんの?」


「は?」


「え?」



ポカンと口を開ける友人に、あたしまでマヌケな顔になってしまう。



「えっ…じゃあ何で毎朝一緒に登校してんの?」


「頼んだ…から?」


「誰が?」


「あたしが」


「…えっちょ、ちょっと待ってよ」



片手を額に当てて、考える人のポーズをとった友人は、相当頭を悩ませてるようだ。



「つまりさ…彼氏でも彼女でもないのに毎朝一緒に登校してるんだよね?」



額に手をあてたまま、頭痛がするのか…眉間に皺まで寄せる友人。



「そうだね。付き合おうとかって話しはしてないから、付き合ってはないと思うけど」


「…それって、友達と変わんなく無い?」


「友達じゃないよ」


「何でよ?」


「だって好きだから」


「何?」


「恋愛感情があるから友達じゃないのっ!」



少し声を張り上げるあたしに、友人は冷たい表情を向けてくる。



「じゃあ何で未だに番号すら交換できてないの?」


「……」


「てゆうか何で先輩は番号教えてくんないの?」


「……」


返す言葉が見つからない。



「だいたいさ、先輩がミズキの事好きかわかんないじゃん」


「ずっと好きだったって言った!」


「先輩がそう言ったの?」


「…うん」


「ミズキの事がずっと好きだったって?」


「……」


「ミズキ?」


「…的な事を、話された」


「……」


「……」


「ねぇミズキ…きちんと聞いた方が良いよ」


「……」


「…あんたの勘違いかもよ?」



その後も、友人から散々意見を言われたあたしは、それなりに考えた。



確かに彼から何かアクションがあった訳じゃない。言ってみれば、あたしからの方が多い。



だけど、彼はあたしの事が好きなんだと思ってる。じゃなきゃ、バレンタインの日に聞いた話しは、意味を持たない。



もし借りに、彼があたしを好きじゃなかったら、あそこであの話しをする必要がないと思う。



あの話しは、彼なりの告白だったんだ…と、思いたい。


何故なら、彼はきっと言わない。



「付き合おう」とか、「好きだ」とか…そうゆう告白を口にしないと思う。



だって想像がつかない。



あの冷めた顔で、あの低い声で…ぶっきら棒な態度で…



おまえが好きとか言っちゃうの…?




「そこの妄想族!」



声のする方へ視線を向けると、体操服のジャージに着替えた友人があたしを嘲笑あざわらっていた。



「早くしないと体育遅れるよ!」



そう言われて辺りを見渡すと、大勢いた女子があたし達だけになっていて、



「ほんとだ…」



急いで着替えを済ませ、体育館まで猛ダッシュした。



高校生にもなってバレーか…なんて思っていたけど、




「キャャャャッー!!!」



体育館に着いて、そんな考えは間違っていたとすぐに撤回した。




「キャャャャァッー!」



…叫び声のような声援が響き渡る。




「ヤバイ!!!かっこいい!!!」



あたしの前に立っていたクラスの女の子達が、飛んだり跳ねたりと、喜びを体で表現している。



「……」


「パイセンかっこいいね…」



あまりの声援に唖然としてた友人も、彼のフォームに見とれたようで、溜め息混じりに呟いてた。



「……」


「今日って先輩達も体育なんだね」


「……」


「てことは、2年の女子はマラソンじゃん…マジかわいそ」


「……」


「まぁうちの男子達は喜んでるだろうね…2年生ってかわいい子ばっかだし」


「……」


「って、ミズキ!?何あんたサボろうとしてんのよ!」



「シーっシーっ!」



大声を出す友人に、人差し指を唇にかざして「目立つからやめて!」と、静かにするよう促した。



「何でよ!」



だけどこの声援の中じゃ、お互いの声が聞き取り辛く…



「良いからちょっと来て!」



声を張り上げながら、体育館の入り口付近に移動した。



広い体育館にはコートが2つあり、奥のコートを彼ら2年生の男子が使っていて、手前のコートを、あたし達1年の女子が使う予定になっている。



だけどその予定は、確実に実行されるのだろうか…



未だ彼らのコートの周りには、女子が群がって、入り口付近にいるあたし達の姿は、その群がる女子のお蔭で、コート内からは見えにくいと思う。



現に、あたし達からコートの中は見えない。



「何でコソコソすんの?」


腕を組んで入り口の扉に寄りかかる友人は、シレッとそんな事を言ってのける。



「だって!見つかっちゃうじゃん!」


「はっ?誰に?」


「アッキーに!」



「はっ?」と、もう一度聞き返してきた友人は、あんた何言ってんの?って顔してる。



「何で先輩に見つかっちゃダメなの?」


「緊張するじゃん!」


「はー?」


「あたし、ストーカー体質だから、見る分には全く問題ないの!むしろ隠れてずっと見てたいぐらいなんだけど!見られるのは慣れてない!見られてると思ったら、マジ意識して動揺しまくる!」



肩で息をしながら、群がる女子のその先に居るであろう彼に視線を向けた。



「あたしは一生ストーカーだ」


「いや、そこ納得しないで」



呆れる友人をよそに、あたしは今日のこの体育をどう乗り切ろうかと悩んでいた。



いつまでも女子だって群がってはいられない。遅れてる体育だって、いつかは始まってしまう。



「じゃあ、体調不良で見学にしてもらう?」


「そうする!」



悩む余地なし!



生徒達のかけ声、体育館の床を蹴るシューズの音——…



「…かっこいー…」



その中でかき消されるあたしの呟き。




「あんたさ、三角座りしてそんな小さい声出しても届かないよ」



一緒に見学してくれてる友人が、あたしに白い目を向けてくる。



「わかってます。良いんです。見てるだけで良いんです」



遠くに見える彼に視線を向けるだけで満足してた。



バレーなんてかったるいと思ってたけど、彼がやってるスポーツだと思えば一層かっこよく見える。



「…ねぇミズキ、」


「なに?」


「あちらは気づいてんじゃない?」


「えっ!?」



咄嗟に隣に座る友人へ視線を向けると、彼女は彼の方を見ていた。



「アッキーこっち見てた!?」


「いや、先輩は見てないと思うけど…」



友人に隠れるようにして話すあたしに、



「先輩のお友達がめっちゃ見てる…」



気まずそうな苦笑いが聞こえた。




「え?え?え?え?何で?まだ見てる?」


「…自分で見なよ」


「やだよ!目が合ったらどぉすんのさ!」


「知らないよ…あたしなんて既に目合いまくってるよ、どうしてくれんのよ」


「えぇぇぇ」


「あっ!また見てる!」


「えぇぇぇ…」


「ほらミズキ!」


「ムリムリムリ」


「顔隠したってあんた姿丸見えだから!」



ただただ自分達のコートを見つめて、たまに友人が「またこっち見てるよ」って言ってくるから変に意識しちゃって…



授業の終わりを告げるチャイムが鳴った時は、マジで助かったと思った。



見学人だからと、片付けを放棄して足早に更衣室へ向かうあたしに、



「あー!!ミズキー!!」



クラスメイトから非難の声を浴びせられ、余計に目立つとゆう始末…




「あんたバカだね」


「…だね」


「別にいいじゃん」


「ね…」


「そんな態度とってると、逆に感じ悪いよ」


「…うん」



説教たれてくる友人の隣で、あたしは項垂れていた。



「…もしかしてさ、」


「ん?」


「先輩がああゆう素っ気ない態度なのって、ミズキがそんなだからじゃん?」


「は?」



中庭で弁当も食べずに項垂れたあたしは、思わず顔を上げた。



「ミズキの態度は、避けてるように見える」


「え」


「あたしはミズキの思いとか知ってるけど、先輩は知らないじゃん。分からないじゃん?だからさっきみたいなミズキの態度は、先輩を避けてるように見えるよ」



パクパクとお弁当を食べる友人に「何で!?」と声を張り上げた。



「何でって言われても…だからじゃん?先輩がミズキに素っ気ないのは。期待出来ないからだよ」


「え?え?」


「ミズキがそんなんだから、先輩も半信半疑って事!」


「半信半疑?」


「そう、ミズキの気持ちが見えないから。期待していいのか分からないんじゃん?だからどっかセーブして、浮かれないようにあんな態度になってんじゃん?」


「…は」


「だから朝、番号教えてってミズキが聞いた時、先輩は何で?って言ったんじゃないの?」


「……」


「何で知りたいの?って。おまえは俺の事どう思ってんの?って、先輩はそうゆう思いを抱いてたんじゃない?」


「……」


「でもミズキ、そん時どうしたんだっけ?」


「……」


「先輩が「何で?」って聞いた時、あんたどうしたんだっけ?」



あたしは……



「何で?」って聞いて来た彼に、明確な返答をしていない…




「伝えなきゃ分からないよ」



お弁当を片付け出した友人の声が、優しく聞こえた気がした。



「以心伝心なんてゆうけど、それはそこまでの関係を築けて…お互いに理解し合ってる人達に言える事で、ミズキと先輩は何も分かり合えてないでしょ?」


「…うん」


「じゃあまずは伝える事から始めないと」


「…だね」


「今日帰り誘ってみれば?」


「……」


「朝しか一緒に登校してなくて、学校で会う事も話す事もなくて、連絡先も知らないなんて…そりゃ心なんて通じないよ」


「……」


「今日は、先輩と帰りなさい。あたしは一緒に帰らないからね」



力強い友人の笑顔に背中を押され、放課後…彼の靴箱の前に立っていた。



…凄くドキドキしてる。


その度にグレーのマフラーに鼻を埋めて安心を求めてた。



2年生が行き来するここでは、完全にアウェイなあたし。



「…邪魔なんだけど」



何度この言葉をかけられた事か…



その度に俯き、「すみません…」と隣にズレる。



「いや、ここに居られると邪魔だから」



そう言い捨てたこの人は、最後に「どけよ」と、あたしに肩をぶつけて行った。



何だろこれ…


何か物凄くモヤモヤする。



ぶつかられた衝撃で、カタンと靴箱に背が当たった。


髪がハラリと落ちる…


途端に視界がボヤケて…



何にモヤモヤしてんのか分からない。


何にイライラしてんのか分からない。




何に…


あたしは一体何に、胸を痛めてるんだろ…



誰かの話声が近づいて聞こえたけど、それどころじゃなかった。


またここを通る人に邪魔だと言われるかもしれないけど、そんな事どうでも良かった。



理不尽な怒りが、瞳に映る足元を歪ませた。




さっきまでの話声が止むと、何人かがあたしを無視して通り過ぎる中、一人だけ、あたしの前で立ち止まった。



足元に見えるのは、あたしのより大きな男性の足。この学校の上履きを履いている。



…ゆっくり顔を上げると、彼があたしを見下ろしてた。



その瞬間、ポタッと涙が一つ零れ落ちる。



見つめ合ってるとゆうよりは、ただ目が逸らせないって感じで…



「どうした」


彼の声が優しく聞こえる。



「何泣いてんだ」


あたしの事、心配してくれてるってわかる。



「ミズキ」



だからあたしは、



「…一緒に帰る」


素直になれたのかもしれない。




彼は何も言わなかった。


頷きもしなかった。



静かに靴を履き替えると、そのまま校舎を出ようとするから、あたしもその後ろを付いて行った。



少し前を行く彼の後ろをトボトボ歩いてるあたしは、一緒に帰ってるってゆうより、同じ方向に向かってるだけって感じで…



この距離が縮まる事なんて想像できない。



…できないけど、縮まりたいとは思う。



「…ねぇ」



だから、一歩を踏み出した。



彼はやっぱり何も言わない。


だけど、立ち止まって視線を向けてくれた。




「さっき…」


「……」


「邪魔って言われた」


「……」



まるで独り言みたいな言葉は、虚しさを引き寄せる。



「それで…」


「だから泣いてんのか?」



話を続けようとしたあたしに、彼は言葉を吐き出した。



「え?」


「泣かされたのか?」


「いや、」


「そいつ誰だ?」



何でかあたしが、凄く睨まれている…



「おまえ、何かされたのか?」


「…え」


「何された?」




…あたし何かされたっけ?


あっ…肩ぶつけられたんだ…



「…ぶつかった」


「なに?」


「肩…ぶつかった」



そう呟いたあたしに、彼は静かに息を吐いて、



「もうあそこで待つな」



そう言って、また歩き出そうとする。



「どうして…」



あたしの虚しい声が、彼の表情を曇らせていた。



「何が?」


「待ってちゃダメなの?」


「あそこで待つなって言ってんだ」


「じゃあ他の場所ならいいの?」


「…おまえめんどくせぇな」


「いいの?」


「好きにしろよ」



本当に面倒くさそうに呟いた彼は、今度こそ足を進めた。



「じゃあ、毎日待ってるよ?」



追いかけて隣に並ぶと、横目であたしに視線を向けてくれる。



「…あぁ」



それが嬉しくて、さっきまでの虚しさが遠のいて行く。



「ねぇアッキー、」


「アッキーって呼ぶな」


「番号教えて」


「……」


「ねぇアッキー」


「……」


「ねぇ、」


「おまえさ」



彼が急に立ち止まるから、追いかけるように歩いていたあたしは、少しぶつかってしまった。



触れた瞬間に、胸がギュッと締め付けられる。鼻を掠める匂いが、あたしを安心させてくれる。



「何?」



聞き返すと再び見つめられ、ゴクッと喉を鳴らした。



「今日見学してたろ」


「え…?」


「体育の時」


「あー…うん」



番号を教えて欲しいと言った筈なのに、帰って来た言葉が違う内容で戸惑う。



「おまえの友達が見て来すぎなんだよ…」


やっぱり気づいてたらしい彼から、あたしは視線を逸らした。



「そちらのお友達も見て来すぎです…」



彼はジトッとあたしを睨むように見てくる。そうやってよく分からない不機嫌な態度をとるから、あたしもの頬もムスッと膨れてしまう。



「なんだ」


「…なにが」



聞かれたから聞き返しただけなのに、ハァ…と溜め息を吐いた彼は、



「何むくれてんだよ」



眉間に皺を寄せて睨んできた。



「別にむくれてないし」


「うそつけ」


「別にむくれてない!」


「……」



思いの他、感情的になってしまった。自分でも何をそこまで怒ってるのか分からない。



彼から視線を逸らしても、良く分からない感情が、涙を誘って湧き上がってくる。



何がしたいのか、自分が良く分からない。


何でこんなに情緒不安定みたいになってんのか良く分からない。



だから苛々する…


良く分からないこの状況に。


よく分からないあたし達の関係に。



苛立ちから、涙がブワッと瞳に溜まる。


我慢しようとすれば、肩が震えて余計に涙が込み上がる…


今にも泣き叫んでしまいたい衝動にかられた。このまま苛立つ感情に任せて、鬱憤うっぷんを晴らしたい。



もう泣いてしまおうか…


何か腹立つし。


ここから走り去って、この胸のモヤモヤを取り除きたい…



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る