明かされる真実

「んー…」



背伸びをして寝返りをうつと、うっすら瞼を開いて驚いた。



電気の点いていない部屋は真っ暗で、開けっ放しのカーテンからは月明かりが入っている。



とにかく灯りを点けようと、制服のポケットから携帯を取り出して、その画面の明るさを頼りに部屋の電気を点けた。



再び携帯の画面を覗くと、19時過ぎで…帰って来たのが16時ぐらいだから、軽く3時間は寝ているとみた。



まぁ色々あったし…



携帯画面に「着信あり」の表示が出ている。


ほんの10分前に、友人がかけて来ている。



そう言えば、電話が鳴っていた様な気がしないでもない。



すぐに発信ボタンを押してかけ直すと、静かな部屋では、電話のコール音がやけに大きく聞こえた。




「あっもしもし?」


「もしもし?ミズキ?」


「うん、どうしたの?」


「あんたその声…寝起き?」


「うん、まぁ…」


「それよりも! 先輩が…」



受話器の向こうは何だか騒がしい。



「えっ?何?」


聞こえ辛くて、携帯を耳に押し当てた。



「だから!今日先輩の誕生日らしいよ!」


「…先輩って?」


寝起きの頭では、何の話しをされているのか分からなくて…



斎藤さいとう先輩だよ!』



友人は、彼の名前を口にした。




…——黒のコートを羽織って、前をしっかり閉めた。外の寒さを想像しながら、白いマフラーを巻きつけた。



携帯を握り締めて階段を駆け降りる。


靴を履いて駅前へと急いだ—…




彼は、そんな事一言も言ってなかった。



頭を駆け巡るのは、さっき電話で友人から聞いた事。




「おねぇちゃんとカラオケ行ってて。帰り道の通りにあるカフェ分かる!?あそこの前で、おねぇちゃんの同級生が居て、何してるの?みたいな話になったんだけど!今日は先輩の誕生日だから、そのカフェでお祝いしてるんだって!」




こんな事って…




今日が…


2月14日が…




バレンタインが、


彼の、誕生日…





ちょっと待って!


じゃあ、去年ファミレスで会ったあの日も…


彼の誕生日だったって事になる!



だとしたらあたしは!


誕生日の人から、なにマフラーなんて貰ってるんだって話しだ!



いやいや!


そもそも!



あー!!やってしまった!!




友人が言っていたカフェの前に着いて、息を整えながら…頭の中で渦巻く色んなものを整理した。



今日が彼の誕生日だって聞いて、咄嗟に家を飛び出して来たものの…会ってどうするのか、何も考えていない。



しかも、彼女でもないのに。誕生日だから会いに来たってゆうのも…



微妙だ。



ただ彼がここに居ると聞いて、一目その姿を見たいと思ったあたしは、本当にストーカーと呼ばれてもしょうがない…



そんな事を考えれば考えるほど、お店の中には入れず…



やっぱり帰ろうと、背を向けた時――…



「んん…?あぁごめん。今、外出た」



横開きの自動ドアから、携帯を耳に当てた彼が出て来て、



「店ん中が煩くて聞こえねぇ…」



その直後、お店の目の前に突っ立っていたあたしは、彼と見事に視線が重なった。



「…あ?」



彼がそう呟いたのが分かった。



偶然を装って話しかけようか、向こうの出方を待とうか…バクバク鳴り響く心臓の音に、眩暈めまいすら覚える。



「ミズキ」



彼の声に意識を戻すと、



「じゃあ、また…ありがと」


彼は電話の相手にそう告げて、携帯をズボンの後ろポケットに仕舞いながら、こちらに近づいて来る。




「なに…、一人…?」



目の前に来た彼は、眉間に皺を寄せていた。



それが、何か疑われてる様に見えるのは、あたしに疾しい思いがあるからだろうか…



「うん、一人…」



正直に言ったのに、少し声が震えた所為で、嘘っぽく聞こえた。



「一人で何やってんだ」



今度は少し、怒ったのかな?と思うような口調。



「ミズキ」



何も言わないあたしに、彼はさとすように名前を呼んでくる。



だから、



「誕生日…おめでとう」



ここへ来た一番の理由を告げた。



余程驚いたのか、予想外だったのか、彼が言葉を無くしたように、息を呑むのが分かった。



言うだけ言って、直ぐおさらばするのって有りかな?



何も言ってくれない彼に、じゃ…と退散しようとした時、



「っとに…」



えっ?って聞き返したくなる程小さな声が、かろうじてあたしの耳に届いた。



だから、立ち止まって彼を見る。



「送る」


「えっ…?いやいや!主役が居ないと」



そう言ってお店に視線を向けると、



「大丈夫だろ」



何の根拠もない様に思える返答が返って来た。



「さみーから早く!」



歩き出した彼に促され、急いでその後を追う。



「寒そうだね…」


「上着、店ん中だった」



上着を着ていない彼に、申し訳なさが募る。



「あたしのマフラー、使って」



首に巻いていたのを彼に差し出すと、チラッと視線をこちらにに向け、「寒くないか?」と確認して来た。



だから力強く頷くと、彼は余程寒かったのか、「じゃあ借りる」と言って、マフラーを手に取った。



ぐるぐるに巻いて、首をすくめていたから、本当に寒かったんだと思う。


申し訳なくて、何してんだろ…って、情けなくなった。




———家までの道のりを歩き出して数分。



寒さから、足早になる彼は三歩程前を歩いている。



必死に追いつこうとするあたしは、対して運動神経が良くない。



それなのに…



「…さみぃから早く来い」



彼は必ず振り向いて待ってくれる。



会話なんてないし、少し距離があるくらいが今のあたしにはちょうど良い。



だけど彼は本当に寒そうで…



「……」



早く歩けと言わんばかりに、横目で睨んでくる。



そんな顔をされても…


あたしの胸は、高鳴るばかりなのに。




「…寒くねぇの?」



あたしがのんびり追い付いたところで、白い息を吐きながら彼が呟いた。



「どうして?」


「どうしてって…俺が聞いてんだろうが」



…寒いからから、口調が荒々しくなっている。



そんなやり取りさえ、好きだなと思った。



彼は面倒臭そうに背を向けると、再び歩き出し、ちょっと不機嫌になっている。


怒ってまではないんだろうけど…気怠けだるそうに歩くその姿は、何故かあたしの心をくすぐった。



…近づきたい



今日だけ。どうか今日だけ。神様お願いします。


どうか今日だけ。彼の近くに居させてください。



意を決して、彼のすぐ左側に並んだ。



並んだついでに、歩きながらゆっくりと、彼の左腕に自分の右肩が当たる距離まで近づいた。



ジワジワと距離を詰めたあたしに、彼が視線を向けたのが分かった。



離れろと言われるかもしれない。


何してんだ…って、呆れるのかもしれない。



あたしはこんなに好きなのに。



どうして彼女なんて居るんだろう…


どうして優しくしてくれるんだろ…



募る想いが、触れてはいけないと分かっていながら口走ってしまう。



「あの時、どうしてマフラーくれたの?」


彼の横顔を見上げた。


彼は、ゆっくりとあたしを見下ろす。



また少し歩く速度が増した彼は、どうもこの話

しには触れてほしくないらしい。



「どうして答えてくれないの…」



その場に佇んだ。


運命だと思ったのに…


この出会いは、運命だとあたしに思わせといて、どうしてあたしは彼のものになれないんだろ。



一歩も動けなかった。


今日が終わると同時に、あたしと彼の繋がりはまるで夢物語の様に、これで終わってしまうかもしれない。



振り返った彼に、反射的に視線を合わせる。



そんな、めんどくせぇって顔されても…




睨み合って30秒。



「…さみぃから早く来い」



先に折れたのは彼だった。



惚れたもん負け…


早く来いと言われると、あたしの体は、ものの見事に浮き足立つ。


彼の元に駆け寄った。


駆けった所為か、感情が高ぶった所為か、勢いで彼の腕を掴むと、彼の服が凄く冷たかった。



そりゃそうだ。


この真冬に、上着も着ずに、寒空の下を歩けば冷えるに決まっている。



なのにあたしを送ってくれて…


自分の言動が凄く我儘に思えて…


再び気分が沈んでいく。



「別に…おまえが聞きたいほど面白い話しじゃない」



彼は静かに口を開いた。


あたしが、彼を困らせているのは明白だ。



再び歩き出した彼の反動で、腕を掴んでいた手が離れた。


それでも、距離が離れない様に、彼の左側に立った。



歩く度に、あたしの右肩が彼の左腕に触れる。


その振動だけで、幸せだった。



前を見つめたまま、彼はまた口を開いた。



「俺と初めて会ったの、去年のバレンタインだと思ってんだろ」



…えっ?



「そうでしょ?」



彼の口から出た言葉に、疑いもなく答えた。



「違うだろ」


「…違う?」


「あぁ」


「…え?」


「その前に2回会ってる」


「…2回?」


「…覚えてねぇな」



はぁ…と溜め息を吐いた彼。



その冷めた態度とは裏腹に、あたしは少しずつ興奮していた。



ファミレスで会う前に2回も会っている…


1回ならまだしても2回…?


何で覚えてないんだあたし!?




「しょうがねぇよ…」



混乱するあたしの頭上から、冷静な彼の一言が降りてきた。



「おまえが覚えてないのはしょうがない。だから別に気にすんな」



そんな事を言われても…



「気にするでしょ!」


「そうかよ…」


「いつだろ!?」


「何が…?」


「どこで会った!?」


「……」


「あたし達!いつどこで会った!?」



冷えた彼の腕を掴んで揺すると、白い息を吐いた彼は、「一々止まるな…さみぃんだよ」と足を進ませる。



「何であたし覚えてないんだろ!?」


「…だからしょうがねぇって言ってんだろ」


「だからどうして!?」



お得意の逆ギレをかますあたしに、



「一番最初は、まだ小学生だった」


何て事ないって口調で答える彼。



「小学生…!?」



それに益々驚くだけのあたしは、



「わからん!!」


やっぱり思い出せない。




「正直、俺も余り覚えてない…」



そう呟いた彼だけど、



「その日もバレンタインだった」



話してくれた内容は、とても鮮明に記憶されていた。



当時、小学校5年生だったあたしは、受験勉強の時と違って、友達が通っていると言う理由だけで塾に通っていた。



駅前にある塾は色んな小学校からも生徒が通っていて、毎日顔を合わせていても誰が誰なんて一々記憶していない。



特にこの頃は、友達と学校の延長で遊んでいる感覚だった。



そして2月14日のバレンタインデイに、なんと…彼はたまたまその塾に居たと言う。



彼はそこの塾生じゃなかったらしいけど、その日はたまたま居たらしい。



「どうして?」



…って聞いても、



「忘れた」



…としか言わないから、詳しくは分からないけど。



その日あたしは、塾の先生にチョコレートをあげる為、友達とお店で買った小さなチョコレートを持って来ていた。



その先生は、若くて優しいとみんなに人気のある男性講師で、あたしは興味なかったけど、友達が一緒に渡しに行こうと、何度も頼んでくるからそれに付き合ってあげた。



だけど、バレンタインデイに当の先生はお休みで…デートじゃないの?なんて言ってたあたし達は、とんだませガキだったと思う。



その所為で、目的の無くなってしまったチョコレートを、あたしは塾の入り口に立っていた男の子にあげた。



昔から人見知りをしなくて、誰にでも普通に話しかける性格だったから。その時も、たまたまそこに居た男の子に、「チョコレート好き?」って聞いた気がする。



でもその子の反応は覚えていない。


あたしも、あげたかは定かじゃない。



だけど、持って帰って食べた記憶も無いから、きっとあげたんだと思う。




その時の男の子が…



「俺だ」



って、彼が言うからそれはそれは驚いた!



彼が最初に言った“しょうがない”って言うのも分かった気がする。



一瞬の出会いを、何気ない日の1コマを、何気なく過ごしたあたしが覚えている筈もない。



あの時の男の子の顔なんて、全く思い出せないし…


だからそんな一瞬すらも、彼はあたし達の最初の出会いとして記憶してくれていた事に、凄く驚いた。



だからって訳じゃないけど…何となく一つの疑問が芽生える。



「もしかして…」



…でも、あたしがこれを言うのってどうなんだろ…?



だけど…



「あたしの事、好きなの?」



…聞きたい。




「おまえさ…」



彼は呆れた表情を浮かべている。



え…?だって、あたしの事好きだからそんな昔の事覚えてたんじゃないの?



それに…



「2回目に会った時は、あたしって分かってたんでしょ?」



その問いに、彼は何も答えなかった。




彼が話してくれた最初の出会いから、2年経った中学1年生の秋。



あたし達は、2度目の出会いを果たした。



小学校から通っていた塾は、中学1年生の冬に一度辞めている。


中学1年生になってすぐぐらいから塾を辞めようと思うようになった。


理由は様々だけど…面倒臭いし、家でゆっくりしたいとか、もはやはっきりとした事は思い出せない。


辞めた時期が、冬だったと言うのは覚えている。



あたしが通う塾は、小、中、高と様々な学年の生徒がいる割と大きな塾で…



そこに、今はあたし達が通う高校の、紺色の制服を着た高校生が居た。



それがきっかけだったと思う。



あの紺色の制服が着たいから、あの高校に行く…と、進路を決めたのはこの頃だった。



あの日は、秋とゆうだけで、何月だったかまでは覚えていないけど、夜になると肌寒く感じた季節だった。



その日、いつもの友達と塾での授業を終えて、通路にある自販機でジュースを買っていたら、あの紺色の制服を着た高校生が横切った。



隣でジュースを受け取る友達に、「あの制服ってどこの高校だろ?」って聞いたけど、友達も知らないみたいで…



どうしても知りたかったあたしは、友達の後ろに見えた人の気配に、


「ねぇねぇ!あの紺色の制服ってどこの高校?」


って聞いた覚えがある。



だけど聞いた相手が、この時どんな風に答えたのかは覚えていない。



あたしは紺色の制服ばかり見てて、訪ねた相手の方なんてこれっぽっちも見ていなかった気がする…



「俺は知らねぇって言った」



彼がそう言うから、何かしら会話はしたんだと思う。



「おまえは、その高校に行くって言った」



その時の相手が、またしても彼だったなんて…




「どうして名乗ってくんないの!」


「おまえこっち見てなかったろ」



自分が覚えていない事を、彼の所為にする理不尽なあたしは、



「覚えてる方が凄いよ…」



やっぱり驚きを隠せなかった。



その日も、塾生じゃないのにどうしてそこに居たのか聞くと、彼はやっぱり忘れたと言った。



どっちにしろ、あたしが初めて会ったと思っていた去年のバレンタインデイは、彼に言わすと3度目の出会いになるらしい。



あまりの驚きと、当時ファミレスで彼の事を散々「知らない」と口走っていた事とか、色んな思想や感情が湧き上がって、情けないような、腹立たしいような…



「どうして名乗ってくれなかったの!」



話す気の無さそうな彼から無理やり聞き出そうとする始末。



「名乗る様な場面だったか?」


「……」


「おまえ一つも覚えてねぇじゃん」



そんな…


そんなあからさまに指摘しなくても…



「どうしてマフラーくれたのかって聞いたよな」



寒空の下、あたしが貸した白いマフラーに、首を埋めて視線だけ向けてきた彼。



「あの時、あの紺色の制服を来て、グレーのマフラーをしたら可愛いって言った」


「え?」


「おまえがそう言った」


「あた、あたしが!?」


「なんなら、誕生日プレゼントにグレーのマフラー頂戴ねって言ってきた」


「わ、わたしがですか!?」


「誕生日いつ?って聞いたら、12月13日って」


「た、確かに!あたしの誕生日だ!」


「だから、おまえの誕生日にマフラー持って行ったけど会えなかった」



それが3度目の出会いとなる筈だったのに。あたしは多分、もうその時には塾を辞めていたんだと思う。



その時会っていれば、彼を覚えていたかもしれない。もしかしたら塾を辞めていなかったかもしれない。


今も、違う形で彼との関係は続いていたのかもしれない…



次々に明かされる自分の失態を、情けない気持ちで聞いていた。



「えっ…待って、待って! じゃあ、あのマフラーって、その時の…?」



話しを聞く限りでは、そうゆう事になる。



それについて彼は何も言わなかったけど、



「おまえがこの高校に行くって言ったの信じて、俺もここを受験した」


「えー!?」


「あとから塾は辞めたって聞いて、もうおまえが高校に入学して来るの待つしかなかった」



あたし…!何故塾を辞めたの!




「でも、去年…」



彼の言いたい事は分かった。



「誕生日だから飯奢ってもらう事になって、ファミレス行ったらいきなり現れて…」



もう一度塾に通って良かった!


そうでなければあの日、あのファミレスに行く事はなかった。



「普通に話しかけて来るし、変わってねぇなぁって思った」



…その口調が、物凄く、優しく聞こえた。



「あの日も、マフラーやるって言ってんのに受けとらねぇし…自分のがあるって言う割にはそれ巻かねぇし。あれっきりまた会えねぇし。気づいたら新入生で入ってくるし…言っとくけどな、自分のこと覚えてない奴に昔話をベラベラ語る様なスキルは俺にはない」



やっと…あたしの質問に答えてくれた彼は、あたしの知らない事実まで伝えてくれた。

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