第96話

部屋に戻ればケトルは静かになっていた。



お湯、沸いてる…



ニシヤマくんはというと、いまだに広げた煙草をジロジロ見て難しい顔をしていた。


諦めるとか言いながら全然諦めてない…



私はニシヤマくんには気付かれないように小さく笑いながら、二人分のコーヒーの準備をした。





「いい加減諦めましょう」


私がそう言いながらマグカップを二つ持ってテーブルの方へ行けば、ニシヤマくんはまだ少し心残りのありそうな顔をして「おう」と言った。



なけなしのお金で買った煙草が雨で全滅か…


さすがにちょっと可哀想な気もする。




「どうぞ」


「おう」


私がニシヤマくんの前にコーヒーの入ったマグカップを置くと、ニシヤマくんは少し嬉しそうな顔をした。



肩にかけられたバスタオルがほとんど隠してくれているおかげで、私はかなり普通に接することができていた。


でもきっと立たれたり、バスタオルを肩から下ろされたりしたら私は耐えられないと思う。


だってやっぱり隠れて見るには距離が近いし、マンツーマンならその難易度は爆上がりだ。



…え?やっぱ私見たいのかな…?



「…ああ熱いので気をつけてください」


私はそう一言忠告をしながら、ニシヤマくんと少し間隔をあけて左隣に正座した。


考えていたことに勝手に恥ずかしくなって、私はまた変な喋り方になってしまった。




「ん……っ、つっ!!!!」


「だから言ったじゃないですか」


さっきまでケトルでボコボコと沸騰していたお湯はめちゃくちゃ熱くて、ふうふうと息を吹きかけながら慎重に一口啜った私でもビクッと肩が震えた。



でも、七月とはいえ雨のせいで体が冷えていたのかその熱々のコーヒーはやけにじんわりと身に染みた。


私でこれなのに、全身びしょ濡れだったニシヤマくんは一体どれほど冷えていたのか。


「寒いですか?」


「え?全然。てかこれ熱すぎて飲めねぇ。氷入れてくれよ」




遠慮がないなぁとは思いつつも、「はい!」と返事をしてすぐに立ち上がった私は冷凍庫の氷を一つニシヤマくんの飲んでいるマグカップに入れてあげた。


どこまでも図々しいニシヤマくんはそれでも「足りない」と言うから、結局私は合計で四つも氷を入れてあげた。




猫舌か…


知らなかった。




私はずっと彼を遠くから見てきたけれど、それだけじゃ分からないことは今の時点でもたくさんあった。



例えば言葉の乱暴さの中に優しさが垣間見えることだとか、


あと結構図々しいところだとか、



あと猫舌なのも。






これからたくさん知らなかったことを知れるのかと思うと、すごくワクワクした。

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