第89話

とりあえず渡された服を脱衣所に置いてあったカゴに入れると、私はバスタオルを手に持って後ろ向きに脱衣所から出た。



「何やってんだ?お前」


背を向けながら出てきた私に、玄関にいるニシヤマくんの不思議そうな声が聞こえた。



「これ使ってください!!ここがお風呂場です!!」


私は背を向けたまま、タオルを玄関にいるニシヤマくんに伸ばした。



「でも足…」


「いいです!!それくらい気にしないでください!!」


「…わかった。じゃあ遠慮なく」


その声と同時にペタペタとこちらに近付く足音が聞こえて、後ろにバスタオルを差し出して背を向けていた私は思わず勢いよく目を瞑った。



それからすぐに真後ろで足音が止まると、私の持っていたバスタオルはスッと取り上げられた。



「…お前もしかしてさぁ…」


「…え!?」


すぐにお風呂場に入るのかと思っていた私は、声をかけられたことに驚きすぎて思わず声が上擦った。



「俺がさっき声が小せえとか言ったからそんなにいちいちデカい声出してんのか?」


「え?あの、いや…」


「もういいぞ?部屋の中ではちゃんと聞こえるし」


そうじゃ…ないんだけど…



「…あ、はい…」



私がギュッと瞑っていた目をゆっくり開けながらそう返事をすると、背後からフッと笑うような声が聞こえた。




ニシヤマくん、また笑った……



その思った瞬間ニシヤマくんの手が後ろから私の頭に乗って、そのままポンポンッと二回跳ねた。




「シャワー借りる」




ニシヤマくんはそう言うと、それからすぐに背を向けて固まった私を置いて脱衣所に入って戸を閉めた。













これは……ズルい…





真横の戸の向こうからシャワーの音が聞こえ始めても、私はしばらくそこから動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る