第85話
未だに降り続けている大雨の音にも負けないくらいの私の大声に、ニシヤマくんは立ち止まってゆっくりとこちらに振り返った。
その顔は少し驚いた顔をしていた。
なんでこの人は私なんかの声に足を止めてくれるんだろう。
「…っ、くださいっ…」
遅すぎるその付け足しの言葉は、きっとニシヤマくんには届かなかった。
こんな時でも敬語を忘れない私という人間は、可愛くもなければ面白くもない。
せっかく出会い直すならキャラだって思いっきり変えればいいのに、地味な私は地味な私を捨てきれない。
でも、そんな私相手でも、
「どした?」
ニシヤマくんの声はもうずっと優しいままだ。
いつから?
トンネルを出る時くらいから?
いや、コーヒーがあるって言った時からかな?
ていうか、なんでニシヤマくんは私なんかの話に耳を傾けてくれるんだろう。
あまりにも真っ直ぐに私を見つめるニシヤマくんに、私はたまらなくなってまた少し俯いた。
もういいやっ…
どうにでもなれっ…!!!
「こっ…こっち…にっ!!……来てくださいっ…」
「えっ?何て?」
思いとは裏腹に私の声が尻すぼみになってしまったせいで、肝心の“来てください”はニシヤマくんには聞こえなかったようだった。
「お前声小せぇって。離れてる上に外はこんな大雨なんだぞ?さっきみたいに大声張り上」
「だからこっち来てってばっ…!!!」
私は今度こそ精一杯に声を張り上げた。
今のは絶対に聞こえたはず。
顔を見なくても分かる。
ニシヤマくん、絶対驚いた顔してる…
しばらくして聞こえてきたこちらに近付く足音にやっと顔を上げると、ニシヤマくんは私の目の前で足を止めた。
「そんなでけぇ声出すと苦情くるぞ?」
「でも今“大声張り上げろ”って言いかけてたじゃないですかっ…」
今度は声のボリュームを抑えてそう言えば、ニシヤマくんの口元は少し笑った気がした。
でも、笑う声は聞こえなかったから本当に笑っていたかどうかは分からなかった。
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