第84話
私が振り向いてしばらくすると、ニシヤマくんは「はぁ、」と小さく息を漏らしながら私の背後のドアについていた右手を下ろした。
でも、一歩も下がりはしなかったからその距離は何も変わらなかった。
「…あのな?」
その切り出し方は私からすればありえないくらいに優しくて、とてもじゃないけど初対面だなんて思えなかった。
ニシヤマくんは本当に私をドキドキさせる天才だ…
「別に俺は無理して部屋入れろなんて言ってねぇんだぞ?」
ニシヤマくんは本当に私が“振り向く”だけで良かったのか、ずっと俯いているにもかかわらず“顔を上げろ”とは言わなかった。
「嫌になったなら帰るからそう言えよ。遠慮するような仲じゃねぇだろ」
ニシヤマくんの言いたいことはちゃんと分かる。
“遠慮するような仲じゃない”
その意味は“遠慮しなくていいよ”じゃなくて、“遠慮する必要もないだろ”ということだ。
「いや、あの……」
「……」
「……」
「……」
口を開いたくせにまた黙ってしまった私にニシヤマくんはまた小さく息を漏らすと、私の右手を掴み上げてそのまま持っていた傘を私に持たせた。
「えっ、」
「じゃあな」
ニシヤマくんはそう言うと、私の手を離して今歩いて来たアパートの通路を戻り始めた。
みるみるうちに遠ざかっていくその足音に寂しさが一気に押し寄せて、
「まっ、待って———…!!!」
気付けば私は大声を張り上げてニシヤマくんを呼び止めていた。
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