第81話

ニシヤマくんの顔がある程度拭けたところで、私が勝手に満足してそのハンカチをバッグにしまおうとしていると、



「———…!!」



私の持ち上げていた傘の持ち手を、ニシヤマくんは優しく私の手から取り上げた。


「…片手じゃ入れにくいだろ」


「…ありがとうございます…!」



両手が空いたことで、私はやっとハンカチをバッグにしまった。



その間も、ニシヤマくんはしっかりとお互いの頭を傘の中に入れてくれていた。



「雨すげぇな…」


「今年の雨量は異例だそうです」


「へぇ…」



それから私達は、特に何を言うこともなくゆっくりと前に歩き出した。


傘はずっとニシヤマくんが当たり前のように持ってくれていた。



家までの道を案内するために何度か「こっちです」と私は言ったけれど、ニシヤマくんはそれに対して何か言うことはなく私達はアパートの前に着くまで何も話さなかった。




でも、そんなことは全然気にならなかった。


こんな風にニシヤマくんと歩く日が来るなんて、しかも同じ傘に入るなんて、数分前の私では考えられなかった。






…この道を通って良かった。


雨で良かった。


合コンに行って良かった。


家まで送ると言ってくれたのを断って良かった。



きっとそのうちの一つでも欠けていたら今のこの状況はなかったはずだから。





「私の部屋、ここの六階です」



アパートの正面に着いたと同時に足を止めてそう言った私に、ニシヤマくんは「おう」と短く返事をするだけだった。


私達は建物に入っても、やっぱり特別何か話すことはなかった。




傘をたたんだニシヤマくんは、そのままその傘を左手で持って私の後をついてきた。







部屋の前まで来ると、鍵を開ける私の手は少し震えていた。

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