第73話

「じゃあ……あの、これ」


私はそう言いながら差し出していた傘を自分の肩に引っ掛けて、今度はバッグから取り出したハンカチをニシヤマくんの顔の前に差し出した。


ニシヤマくんはチラッとそのハンカチに目をやると、黙ったまままた私の方を見上げた。


…いや、睨み上げた。




近い…




あと数センチ伸ばせば指先が頬に触れる…



心から触りたいと思ったけれど、私はなんとかその欲を自分の中に押しとどめた。



「……」


「これ、使ってください。タオルがあれば良かったんですけど…すみません、今はこれしかなくて」


「……」


「七月とはいえ、濡れたままでいるのは良くないと思います」


「……っ、はぁっ…」



ニシヤマくんはまたわざとらしいため息を吐くと、少し乱暴に私の差し出していたハンカチを右手で奪い取った。





少し強引ではあったけれど、ニシヤマくんが私のハンカチを受け取った。



受け取ってくれた。



使ってくれるかどうかは分からないけれど、今のところちゃんと右手で持っている。


ニシヤマくんのその手で…



それだけで、もう十分だ。



私は少し屈めていた体を起こして、ニシヤマくんに背を向けてトンネルの出口の方へ歩き始めた。





コツン、コツン、コツン………コツン。





あぁ…



私、飲みすぎたのかな。







気付けば私は振り返ってまたニシヤマくんの前まで足を進めていた。



「あのっ!」


「だからなんだよ!!!」



足音で私が戻ってきているのが分かっていたのか、ニシヤマくんは食い気味で私の言葉に反応した。


それがなんだか私には少し可笑しくて思わず笑いそうになった。

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