第70話

「…あのっ!」


今度は少し大きな声で言ったし、この距離だからさすがに聞こえたはずだ。


「……」


でも、やっぱりニシヤマくんは俯いたまま何も言わなかった。



でも指先がピクッと動いたから、寝ているわけではないらしい。




「…あの、…ここで何してるんですか…?」



すごい…


私、今ニシヤマくんに話しかけてる…



この、私が…




「…あの、———…っ!」



私が同じことをもう一度聞こうとまた口を開くと、ニシヤマくんはゆっくりと俯いていた顔を正面まで上げて目だけをこちらに向けた。


その目はとても冷たくて、眉間にはシワが寄っていた。



機嫌はあまりよろしくなさそうだけれど、でも彼はやっぱりニシヤマくんで間違いなかった。



『ニシヤマ コウヘイ』



忘れもしない。


私が九年も思い続けていたあの彼だ。




「…あの、」


何回同じ言葉を繰り返すんだと思いながらもまた同じ言葉を発すれば、ニシヤマくんは何も言わずにウザそうな顔で私からすぐに視線を逸らした。


その態度はとても冷たくて、私はトンネル内にもかかわらず未だにさしていた傘の持ち手を持つ両手にぐっと力を入れた。



「…あ」


「なんだよ」



高校卒業以来初めて聞いたその声は、あの時と何も変わっていなかった。



低く冷たくて、少し乱暴で、



これぞニシヤマくんだ。



心底ウザそうな態度で言葉を遮られたのに、私はなぜか少し懐かしいような気持ちで嬉しくなった。






あぁ、



私って本当に変態なのかな。

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