第55話

きっと飲み放題のコースなら二、三時間が限度だろう。



あと二、三時間か…



もうすでに帰るまでのカウントダウンを始めている私は、もはやなぜ今この場にいるのかが自分でもよく分からなかった。




「ケンちゃん!」


右隣に座るユマちゃんが目の前に座っていた“ケンちゃん”に小さく声をかけると、「あぁ、うん!」と“ケンちゃん”はすぐに全体に目を向けた。



「とりあえず自己紹介しよっか!」



一体何者なのか、また“ケンちゃん”のその一言でみんなは話すのを一旦やめて自己紹介モードに空気が切り替わった。



この人、すごい…



みんな明るい声で名前とか歳とか何の仕事をしているのかなどを言っていたけれど、




「ナっ、ナナミです。よろしくお願いしますっ…」




…私はそれしか言えなかった。


みんなの視線が集まったその瞬間は、息が止まるんじゃないかと思うほどに苦しくなった。


そんな私にユマちゃんがすかさず「ナナミは私と同じ企業内のカフェで働いてるんだよー」とみんなに言ってくれた。




ユマちゃんがいて本当に良かった。





ユマちゃんは私にたくさん話を振ってくれたけれど、私はそれに対して「うん」とか「そうだね」と言うのが精一杯で、セッティングしてくれたユマちゃんに対してとても申し訳なくなった。







消えたい…





そう思ったことは今まで生きてきて何度もあった。


一人ぼっちだった学園祭とか、


一人ぼっちだった修学旅行とか、



学生じゃなくなってからはそれを感じることはあまりなかったけれど、でも今はそのどれよりも強く思う。





…消えたい。

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