第4話

私は彼の姿をしっかり確認すると、急いで部屋に戻り仕事に行くために家を出た。


朝だというのに、外は少し薄暗くて空は見渡す限り一面グレーだった。



もうすぐ梅雨入りかな…







彼と出会ったのは十六歳。



正確に言えば十五歳。




高校一年の時だった。




『ニシヤマ コウヘイ』




私がもうかれこれ九年も片想いをしている彼は、




私のことを何も知らない。



名前なんてもちろんのこと、存在すらも知りはしない。




だってあの時の私、透明人間だったから。



イジメられていた方がまだその存在を彼の中に残せたかもしれないのに、あの時の私はもはやそれ以下の空気だった。



みんな、私にはイジメる価値すらも見出してはくれなかった。


例えば殴られるとか、教科書に落書きされるとか、靴を捨てられるとか、バケツで水をかけられるとか…


それと空気みたいな扱いを受けることと、



どっちの方が辛いんだろう。



そんな残り方でもいいから彼の世界に足跡を残してみたかったと思う私は、ちょっとどうかしていると思う。




“イジメられてた女”で残るのはきっと物凄く惨めだろう。



でも、それにすらなりえなかった私はそれ以上に惨めだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る