第93話
「大体ガム一枚で許してもらおうなんて私を甘く見過ぎなんですよ」
「……」
「そんなもので許してしまうくらいなら壁を叩くなんて遠回しなことはしません。私の言っている意味分かりますよね?それくらい怒ってるんだってことです」
「……」
「はぁ………で、何時に帰ってくるんですか?」
かなり一方的で強気な私に押されでもしたのか、彼は呆気に取られた顔をしながらもなんとか「…十八時くらい」と呟いた。
今更なことではあるけれど、私はたぶんもう怒ってなんていない。
実際の私はガム一枚でお釣りが出ちゃうくらいあっさりと彼を許してしまうほどに甘いし、それに加えて会話ができたとなるともう自分が何に怒っていたのかなんてすっかり頭から抜け落ちてしまいそうだった。
「分かりました。じゃあ……あ、電車が来たのでお先です」
私は彼に軽く頭を下げるとそのままちょうど入ってきた学校方面行きの電車に乗り込んだ。
電車に乗り込んですぐに反転してベンチに座る彼を見ると彼はやっぱり呆気に取られたような顔をしていて、そんな彼が私には少し可笑しかった。
やっぱりこれくらい強引な方が手っ取り早そうだ。
調子に乗った私はドアが閉まるとさっき貰ったガムを持つ右手を上げて彼に手を振ってみたけれど、ベンチに座って私を見つめる彼もさすがにそれには何も応えてはくれなかった。
…でも、電車が動き出してお互いが見えなくなるまで、彼は私から目を逸らしはしなかった。
それが私だけならまだしも、彼もそうしていたというのがちょっと信じられない。
結局その流れのまま早過ぎる時間に学校へ到着した私だったけれど、彼が前に言っていた通り学校にはまだ誰もいないらしく門は開いていなくて中に入ることはできずにそこから約一時間私は学校の前でひたすらその時を待つことになった。
でも、その日の私はいまだかつてないほど浮かれ切った一日を過ごした。
学校で受けた授業なんてもちろん右から左に全て流れていったし、何の授業を受けたのかということ自体も私の頭には大して残ってはいなかった。
それに加えて今日の私にはなんだか心に余裕があったように思う。
名前も知らない男子生徒に廊下でぶつかられて「邪魔」と一言低い声で威嚇されたけれど私はそれにも笑顔ですんなりと謝ることができたし、授業中教科書を開くことすらも忘れていた私に先生は「何のために学校に来てるのかしら」なんて嫌味を言ったけれど私はそれも笑顔で受け流した。
もう今なら地球上のどんな極悪人にも優しくできる自信がある。
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