第89話
「おはようございます」
通路へ出てすぐに目に入ったいつもの彼へと投げかけた私のその声は、とても落ち着いていた。
シミュレーションなんてもういらない。
その時その場で考えて、自分の思うままの行動に出られたらそれで十分だ。
昨日の出来事で何かが吹っ切れたらしい私は、隣で固まる彼から視線を感じつつもしっかり自室のドアを閉めて鍵をかけた。
「…何をそんなに驚いた顔をしてるんですか?」
彼は私が部屋から出てきたその瞬間から、驚いた顔で固まって私を見ていた。
きっと今日もこのタイミングで私が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
だとすればやっぱり昨日の朝の私の作り出した“偶然”は信じてくれたんだなぁ…
やっぱりこの人はちょっとバカだ。
「聞いてます?」
自分の部屋の前から全く動かない彼に向き合うように立ってそう声をかけると、彼は驚いた顔から次第にぐっと眉間にシワを寄せた。
「今日も朝早くからご苦労様です」
「……」
「これまた偶然。私も今から学校へ行くんです」
「……」
昨日彼が電車に乗るまで隣にいたことを考えるとこの“今から学校へ行く”という私の言い分が通るのかはちょっと謎なところではあったけれど、彼はやっぱりそれについて何も言わなかった。
そしてまた彼は私の存在そのものを無かったことにするかのように、何も言わず歩き始めてそのまま私の左側を通り過ぎた。
ブレないなぁ…
……彼らしい。
私もすぐに体を反転させて、すでに階段を下り始めていた彼の後を追った。
昨日ほど焦って追いかけるようなことはしなかったものの、階段を降りてからも私はしっかりと彼との距離を一メートルほどに保ったままひたすら歩いた。
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