第88話

どうやって彼の部屋の前から自分の部屋に入ってきたのかなんて、思い出せやしない。



体が心臓になったみたいにドクン、ドクン、と波打ちながら、私はこの部屋のまだどこか埃っぽくて冷えた空気を何度も何度も大袈裟に吸っては吐いてを繰り返していて…




なのに、すごく息苦しかった。


でもそれがこのボロすぎるアパートのせいなんかじゃないことなんて、もちろん私はちゃんと分かっていた。



その上、こんな余裕のかけらもないような心境にもかかわらず、この期に及んで彼から何か反応があるんじゃないかと期待して身を潜める自分に私は心底腹が立った。



もちろんしばらく待ってみたところで彼からの反応は何もなかった。


壁を叩き返されることはもちろん、私の部屋を訪ねて文句を言うことなんてあるわけない。






「……………寝よ」




お腹は空いたけど食べる気にはなれないし、


まだ別に眠くはないけど早く布団に潜ってしまいたい。



それからの私は余計なことは考えないように、ただひたすらに自分の欲のままに動いてそのまま眠りについた。




仕事帰りの彼を決して見逃さないようにと意識を常に電車に向けていたあの時間は自分が思う以上に気を張っていたらしく、私は狙い通り余計なことは考えずに朝を迎えられた。




そのせいか携帯のアラームをセットし忘れていたのだけれど、この一年半以上のほぼ毎日の習慣がそうさせたのかまだ外も暗い時間に私は自然と目が覚めた。


それからなんだか頭の中もすごくスッキリしていて、昨日のことが嘘のように気持ちも軽かった。





「はぁ…よく寝た…………………よしっ」



今朝は一段と冷え込んだらしく、勢いよく起き上がった私に部屋の中の冷えた空気が容赦なく突き刺さった。


さすがの私もそれには「うっ」と声を漏らして大きく肩を震わせたけれど、それでも私はしっかり布団から出て学校へ行く準備に取り掛かった。



全ての準備を終えて時計を見れば時刻は六時ぴったりだった。



ちょうどいいな…



そう思いながら玄関で靴を履いていた私に、ガチャッと隣の部屋の玄関の開く音が聞こえた。


だから私もすぐに外へ出ようと、ドアノブを掴んで目の前のドアを押し開けた。



———…ガチャッ!

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