第84話

今更ながらに思うのは、彼があの駅に帰ってくる時間を把握しておいてよかったな、ということ。


彼にアクションを起こすチャンスが一日に二度もあるなんて私はなんて恵まれているのだろう。



それは間違いなく自らの手で掴んだものなのに、そんなものにすらも私は彼との繋がりを感じた。








学校が終わって駅に向かう私の足取りは軽かった。



自爆したところでチャンスの時間になれば私の頭は切り替わる。



朝のあの、“無視は辛い”と伝えた上でしっかりと無視をされたのは今考えてもちょっと切ないけれど、それを除けば朝の私の行動は何にも間違いなんかじゃなかった。



これまでは赤の他人もいいところでその視界に入ったって気にも止められないような存在だった私は、今はしっかり彼の“お隣さん”になれているはずだ。


第三者が彼に私を“知り合い?”と聞いたとして、これまでの彼なら“知らない”だったはずの答えが今となっては“隣の部屋の人”になった。



どうでもいいことのようにも思えるけれど、これは実はとても大事なことだ。


ゼロだったものが一になったのだから。


一年半以上もゼロだった私だからこそ、手に入れたばかりのこの一には心から感謝した。






仕事から帰ってきた彼が電車を降りた時、朝別れた時と同じようにここにいる私を見たら一体どんな反応をするだろう。


まぁ彼のことだから喜ぶことはまずないとして、…




時刻はまだ十六時。


彼が帰ってくるまでに時間はまだまだある。



ベンチに座った私は、また無意識でその時のシミュレーションを頭の中で繰り返していた。



まぁ普通に考えると大方無視をされる可能性が一番高いのだろうけれど、彼はいつだって想定外の態度や反応をするから…



今度こそ暴言を吐かれるかもしれない。



“気持ち悪い”とか“鬱陶しい”とか…



“変態”、“ストーカー”、“変質者”、…



思いつく単語の中には自分でも全力で否定できないようなものもいくつか出てきたけれど、私はそのどれにも焦ることはなかった。



彼が信じるか信じないかはさておき、私だって今が帰りだと言えば全てはまかり通ってしまう気がしたから。



だってあの人ちょっとバカだし。


たぶん私の生み出す“偶然”に生じる矛盾点になんて一生気付かない。



私からしてみれば彼のそんなところももうすっかり愛おしい部分になってしまっていて、どんな展開になるのかと考えているだけで私の口元は緩みっぱなしだった。




私の作り出す“偶然”はどこまで彼に通用するんだろう。


今日のこの帰りでそれが通用するならば、もう何にでも通用してしまうんじゃないかな。




何も言わないだけで、彼は私がわざと“偶然”を作り出しているのだと気付いている可能性ももちろんゼロではないだろうけれど、何も言わないなら結果は同じだ。


これからも私は遠慮なく彼との“偶然”を装っていこうと思う。





そして早く彼にも気付いてほしい。




私達の繋がりがそんな偽物の“偶然”なんかではなく、“運命”であることを。

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