第82話

それからいくら待ってみても、彼から言葉が返ってくることはなかった。


“ごめん”とか“そんなつもりはなかった”とか…


彼には、嘘でもそういった類の言葉を口にする気はないらしい。



まぁその反応もなんとなくは分かってたけどね…




どんな暴言を吐かれたって傷付かない自信があった私は、なぜか今彼が何も言わないことに無駄に傷付いて頭が真っ白になった。



…いや、正確に言えば真っ黒だった。



私を作る全てのものがドス黒い上に重く思えて、頭も心も体も…その何もかもが今の私の目線同様下を向いている気がした。



「……」


「……」



今日は絶対に沈黙を作らないつもりだったのに、ここにきて何も思い浮かんでこない…


ずっと聞きたかったこともどうでもいい質問も、頭の中の黒が濃すぎてもう何も見えなかった。





———…カタッ…


隣から小さな振動が伝わって思わず顔を上げれば、彼は立ち上がって今ホームに入ってきている電車の方へ顔を向けていた。



えっ、もうそんな時間…!?



慌ててホームの時計に目をやると、時刻は七時四分だった。


さっきの彼を観察し放題だったあの間に、私は想像以上の時間を費やしてしまっていたらしい。


それでも全然足りなかったけど…



そうこうしている間にもう彼が乗るつもりである電車はしっかりホームの中に入ってきていて、まだあまり人のいないその電車に彼はすぐに乗り込もうとドアが開くのを待っていた。



当たり前のことだけど、


私に何も言わずに行っちゃうんだ…



せっかくしっかりと接触できたというのに、これでお別れだなんてあまりにも呆気なさ過ぎる。



隣にもう彼がいないことでこのベンチのこの席の特別感なんて一瞬でなくなってしまい、私は迷わず立ち上がるとドアの開いた電車に乗り込もうとする彼の背中を追った。



彼が乗った電車に同じように乗り込もうと私が右足を上げたその瞬間、



「———…何してんだよ」



電車に乗ってすぐにこちらを振り返っていた彼は、そんな私に冷たい言葉を落とした。


その目もとても冷たかった。



彼にとっての私はお隣さんで、まだまだ初対面に限りなく近いような存在で、年下で、女で、…それから運命の人で、…


それなのにそんな冷たい目を向けるなんてひどい。




「…え?」


「あんたの高校はこっちじゃないだろ」


そう言って私の着ている制服を指差した彼は、電車にかろうじて乗せていた私の右足の靴を遠慮なく自分の足先で蹴って私を電車から降ろさせた。

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