第81話

「自分が嫌われてるって」


「え…」



まさかそこまで話が戻るとは思ってもいなかった。


そんな彼に対して何で、どうして、とこれまたたくさんのことを聞いてみたくなった私だったけれど、彼から話を振られるこの奇跡のような展開を無駄にはしたくなくて、私の中に突如沸き起こったいろいろな欲の全てを私は一度ぐっと飲み込んだ。



「だってお隣さん…ずっと私にそういう態度でしたよ?」


「……」



あれらが無自覚であるというならば、この人はとんでもない変わり者だ。


ていうか、人として拗らせすぎだと思う。



「気分とかの問題なのかなって初めは思ってたけど、今日も合わせて三日連続となれば私はもうそう思っちゃいますよ?」


「……」


「でも今はそうは思いません」


「……」


「嫌いなら隣に座るなって言うなり自分が他のベンチに移動するなり何らかの距離を取る行動に出るだろうし、ずっと話しかけ続ける私にお隣さんは黙れとも言わないから」


「……」



彼はやっぱり何も言わなかった上に正面を向いたままだったけれど、それでもその目はやっぱり薄く開かれたままだった。


きっと私の話を聞いてくれているのだろう。



「…でも、」


少し間をあけて小さな声でまた口を開いた私に、彼は目線を落としたままこちらに目をやった。


でもその目は私の顔まで上げられることはなかったから、私達の目が合うことはなかった。




「……無視は辛いです」


「……」


「私の存在そのものがここにはないみたいで、悲しくなります」


「……」




こんなこと、昨日私が何度も頭の中で繰り返した彼との会話のシュミレーションの中にはどこにも存在しなかった。


そして口に出してみれば、その悲しさは昨日までのものとは比べ物にならないほど大きなものに思えた。


ソウちゃんにも同じようなことを言ったのに不思議だ…


でもそうなった理由なんて簡単だ。







———…相手が彼本人だったから。



そしてそれにも何の言葉も返さないという彼のその態度が、“だからどうした”と言われているみたいに思えてしまって今の私をどうしようもなく悲しくさせた。



浮かれたり悲しくなったり、私って結構忙しいな…

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