第80話
言いたいことがあるなら、我慢なんかせずに言ったらいいのに。
“こっちを見るな”とか、“どっか行け”とか…
言わなきゃずっと私には伝わらないし、その不満は無くならないよ?
…なんて思いつつも、どんな暴言を吐かれたってこの人になら今の私はたぶんちっとも傷付かないし、こんな願ってもない特等席を離れる気なんてあるわけなかった。
むしろ私は反応があったことに喜んでしまうだろう。
もしかすると、彼もそれが分かっているからわざと我慢して何も言わないのかもしれない。
暴言を吐かれて喜ぶなんて、私はやっぱり変態なんだろうな。
「いつもこの時間に来てるんですか?」
「……」
「こんなに寒いのにどうして?」
「……」
「いくら十二月とはいえ、三十分違えば体感温度だってかなり変わってきますよ?」
「……」
「……」
「……」
…あぁ、だめだ…
聞きたいことは山ほどあるのに、頭が全然回らない…
隣に座れることが、こんなにも嬉しいことだなんて思いもしなかった。
寒いけど、温かい。
無視されてるけど、嬉しい。
一緒にいるわけじゃないけど、一緒にいる。
たくさんの相応しくない言葉同士が、私の中でどんどん繋がっていった。
そんなことすらも私には楽しくて仕方なかった。
彼を見つけた日から一年半以上…
こんな日が来るなんて思いもしなかったな。
こんなことならもっと早く何かしらの行動に出るべきだったかとも思うのだけれど、いくら考えたところで今の私を後押ししてくれているのはやっぱり“運命”だとも思うから、結局私は“これで良かった”に行き着くのだと思う。
「どっか行けって言わないんですか…?」
彼との一年半強とこの二日で、私は彼の何を知れたというんだろう。
自分でも明確に何か手応えがあったわけでもないのに、私はなぜか依然無視を続ける彼がこの質問にはちゃんと答えてくれるだろうと思った。
そしてそれはしっかりとその通りになった。
私が言い終えて数秒経ったあたりで、ずっと閉じられていた彼の目がそっと薄く開かれた。
それと同時に眉間に寄せられていたシワは一気に緩んだ。
あれ?てっきりそのシワはより深くなるかと思ったのにな…
「…言ったってどうせ“私は私の座りたいところに座る”とか言うんだろ」
この二日で、彼には一体私の何が分かったというのだろう。
「…はい、言います」
「……」
「よく分かりましたね」
「……」
さずがは、運命の人だ。
それからまたしばらく続いた沈黙を破ったのは、私ではなくまさかの彼の方だった。
「…何でそう思ったんだよ」
何の脈絡もないその言葉に、薄く開かれた彼の目を見つめていた私は思わず「えっ?」と少し大きな声を出した。
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