第79話

「いつもこんなに早く来てるんですか?」


「……」


「…その様子だとすぐに電車に乗るわけじゃないんですよね?」


「……」



七時過ぎの電車に乗るのに、彼はどうしてこんなにも早い時間に駅に来るんだろう…



私が疑問に思ったそれは、まだ彼が何時の電車に乗るのかを知らないはずのこの私には本人に聞くことができなかった。



「……」



「……」



それからしばらく、私は黙ったまま隣に座る彼をじっと見つめた。


こんな距離で彼を見るのはもちろん初めてだった。


よく見れば彼の着ている作業着は所々黒く汚れていて、胸ポケットには煙草が今にも潰れそうな様子で無造作に入れられていた。



喫煙者ってことは二十歳は超えてるってことか…



…いや、この人なら十代でも煙草を吸っていそうだけれど…



「…そういえばおいくつなんですか?」


「……」



…うん、


こんな至近距離から見てもその容姿はやっぱりソウちゃんと変わらなそうだから、二十歳ってことにしておこう。




髪の色は真っ黒で、でも毛先の方は少しだけ色が抜けたみたいに金に近いような茶色になっている部分があった。


それから少しだけ寝癖もあった。


あのアパート、備え付けの鏡とかないもんなぁ…



奥二重だと思っていたその目は、閉じられている今でも薄らと瞼にその線が残るほどくっきりとしていた。


これは二重と言ってもいいのかな…いや、目を開けた感じからするとやっぱりこれは奥二重か…


もしくは彼の目つきが悪いからそう見えただけなのかもしれない。



「お隣さんって二重ですか?奥二重ですか?」


「……」



…うん、


まぁこれはどっちでもいいや。




上からゆっくりそのまま目線を落としていけば、作業着の足元は裾が長いのか両足とも少し折り上げられていた。



そりゃそうか。


胴の部分が彼の体には少し大きめなんだから、それなら裾だって長いに決まってる。



でも、知らなかったな…



今私はこんな些細なことにまで気付けてしまうくらいの至近距離である彼の“隣”にいるなんて、何気に私は今誰もが羨むような特等席に座っているんじゃないかとさえ思えた。



彼が目を閉じているおかげでその姿を見放題な私は、それからも彼のいたるところをくまなく観察した。



新たに見つかる発見はいくつもあった。


彼の耳には何もつけられていないけれどピアスの穴が両耳に一つずつあることだとか、作業着は左腕よりも右腕に汚れが多いことからきっと彼は右利きなのだろうということだとか…



ただ見ているだけなのに、私は全く飽きはしなかった。


むしろ七時になるまでだなんて短過ぎるくらいだ。



その間も彼はずっと黙って目を閉じたままだったけれど、でも私は彼が起きていることをちゃんと分かっていた。




だって眉間に寄せられていたシワが、少しずつ時間が経つにつれてどんどん深くなってきていることに気付いたから。



そしてそれはきっと私に対しての不満からきているものだろう。



視線を感じるのかな…

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