第78話

「あのっ…ずっと気になってたことがあるんですけど、聞いてもいいですかっ?」


「……」


「私、あなたに何かしたんでしょうか!」


「……」


「なんだか私、あなたに嫌われているように思えて仕方ないんですけどっ…」


「……」



一番気になって仕方のなかったことをこの際だからともうストレートに聞いてみた私だったけれど、彼はやっぱり何も言わずに駅に向かって歩き続けていた。


一応表向きではまだまだ初対面に限りなく近い私にこんなことを聞かれるのは正直かなり面倒くさいだろうな…



なぜここまでの態度を取られてしまうのか。


その答えが知りたいのはもちろんだったけれど、相変わらずな態度の彼は、このままこのかなり面倒くさい質問をしつこく聞き続けたところできっと何も答えてはくれないだろう。



彼の背中から早くもそう判断した私は、駅に着くまでの間に同じ質問を繰り返さないようにしつつもありとあらゆる質問をその背中に投げかけた。



「何のお仕事をしてるんですか?」とか「仕事って何時からですか?」とか、


そのどれにももう足を止めることなく無視を続ける彼は、きっと今は私がどんな質問を口にしたところでそれには一切答える気はないのだろう。


それも何となく分かった私は、それでも声をかけ続けようと最終的には「冬は好きですか?」とか「身長は何センチですか?」とか…


これまでの一年半以上もの間でも一度も考えたことのないようなことまで質問していた。





さっき会話ができたことで、私は彼に何か淡い期待でもしてしまっていたんだろうか。



「あっという間に駅ですね!」


「……」


「早歩きをしたおかげでちょっと身体温まりました!」


「……」


「…あ、もしかしてお隣さんもそれが狙いで早歩きしてたんですか!?」


「……」



完璧なまでに私の質問を無視し続けた彼は、駅に着くとそのままいつもの改札を抜けてホームに入った。


私ももちろんすぐにその後に続いた。


彼がどう思っていたのかは分からないけれど、私にしてみれば家を出てずっと彼に話しかけ続けていたもんだから頭の中ではもう“一緒に駅に来た”ような感覚になっていた。



だからだろう。



いつもなら彼の定位置であるそのベンチから数メートル離れたところのベンチに座る私だけれど、今日ばっかりは何の疑いもなく当たり前のように同じベンチの彼の隣に一緒に腰掛けた。



そんな私に、彼はこちらを見もしないものの眉間にシワを寄せながらいつものようにネックウォーマーに口元を埋めるとそっと目を閉じた。


その眉間にいつもは寄らないシワが寄っていることを思えば、隣に座った私に何かしら不満があるのだろう。


でも話す気はないから目を閉じてしまったのかな…



そんな彼とは対照的に、隣に座った私はこれ以上ないほど浮かれていた。


緩む口元なんてもう抑えられない。



「六時十五分かぁ…」



ホームの時計を見てボソリとそう呟いた私に、彼はやっぱり何も言わなかった。

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