第74話

叔父さんの家にいた時の私が駅に到着するのはいつも六時五十分くらいで、その時彼は決まっていつものベンチにもうすでに腰掛けていた。


…となると、彼はそれよりも早い時間に駅に着いているということになるから…





隣の彼がいつ家を出てもいいように、準備を済ませた私は玄関の座るには低すぎる段差に腰掛けた。


あと五センチ高ければもう少し楽に座れるのに、この部屋の玄関と部屋を区切るその段差はあってないようなものだったからこれじゃあ体感的には段差に座れているのかどうかも疑わしかった。



でも、昨夜何度も繰り返したシミュレーション通りにいかなかったのはそれくらい。



絶妙なタイミングを狙うべく私はもうすでに部屋の電気は消していたし、靴だって履いたしマフラーだってもう巻いた。


まだ時刻は五時半にもなっていないから、さすがにもう家を出ているということはないだろう。




十二月のこんなに壁の薄いアパートの五時台の玄関は真っ暗な上にものすごく寒かったけれど、不思議と私の中ではその寒さよりも緊張の方が上回っていた。


私はスカートから出ていた両膝を両腕で抱くようにして、じっと無意識に彼の部屋の方へと全意識を向けてその時を待った。





そしてそれは、六時を少し過ぎたあたりだった。





———…ガチャッ




突然聞こえたその音は、こうして玄関に座っていれば彼の部屋側から聞こえたもので間違いないとはっきり分かるほどしっかりと確認できた。



それから続けて聞こえてきたのは、トントンという一定のリズムの音と鍵穴に鍵を差し込むような音だった。


たったそれだけで、目を閉じてみれば私には今彼がどんな行動を取っているのかが手に取るように分かった。


きっと靴に入れた半端な足をしっかりその中に入れるために、彼は今つま先を地面に軽く打ち付けながら部屋の鍵を閉めているんだろう。


服装はもちろんいつもの少し大きめの茶色い作業着で、黒のネックウォーマーに寒そうに顎を埋めている。


なんならその表情はものすごく眠そうで…





あぁ、…やっぱり私ってたぶん変態だ…





その直後に聞こえたこちらに二歩ほど近付く足音に、私は勢いよく立ち上がると目の前にある玄関のドアを勢いよく開けた。



———…ガチャッ!!



「っ、おはようございます…!!」


「っ、」


突然ドアが開いて現れた私に、目の前にいた彼は驚いた顔で足を止めた。


そしてこの狭い通路の彼の行手を、私の部屋のドアは見事に塞いだ。





…そうそう、



私は家を出た彼が自分の部屋から私の部屋のところまでの間にいるこの瞬間を待っていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る