第68話

「でももしソウちゃんの言う通りそれがその人の気分とかテンションとか、大して何も考えてないような行動だったならさ、私また話しかけてもいいってこと?だよね?」



“いいってこと?”も何も、これくらいのことで諦める気なんてさらさらない私はもう早速明日また彼に話しかける気満々だった。


だって今の私にできることって結局それだけだから。



「まぁそうだけど…そうまでしてそいつと仲良くしたいか?」


「うん!したい!」


「へぇ…まぁならいいんじゃね?」


そう言って持っていたマグカップを口元へ運んだソウちゃんは、私が「男の人ってどんな話題が好き?」と言ったその言葉にブッと飲んでいたコーヒーを小さく噴き出した。



「えっ、ちょっ、汚いよ、ソウちゃん!」


私は慌てて近くにあったティッシュを数枚引き抜いて、少しコーヒーのかかってしまったソウちゃんの服の胸元に押し当てた。



「っ、お前それ男かよ…!」


「え?うん…あれ?言ってなかったっけ?」


「言ってねぇよっ!!!」


いきなり大きな声を張り上げたソウちゃんに、私は驚きから思わずビクッと肩を震わせた。



「何もう…急に大きな声出さ」


「ずっと!?お前ずっと男の話してたのか!?」


「だからそうだってば」


「何でそれ先に言わねぇんだよ!!」


「何でって…私はてっきり言ったと思ってたし」


「わざとだろ!?わざと言わなかったんだろ!?」


「え?いやいや、何でそうなるの」


「お前俺が怒るの分かっ」



———…ドンッ…!!!!



ソウちゃんの言葉を遮るように突然鳴ったその鈍い音に、私とソウちゃんは思わずその音が聞こえた壁の方へと顔を向けた。



それはあの彼の部屋のある左側の壁だった。




あの人だ…



今、あの人が壁を叩いたんだ…




私は驚きから何も言えなくなった。


そしてその中には焦りのようなものまであった。



驚いていたのはもちろんソウちゃんも同じで、先に口を開いたのもソウちゃんの方だった。



「今のって…壁を叩かれたんだよな…?」



“叩いた”ではなく“叩かれた”と言ったソウちゃんは、どうやらお隣さんが悪い意味でわざとそうしたと思っているらしかった。


そしてそれは私ももちろん同じだった。




怒らせてしまったかもしれない…

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