第65話

「ちなみに私もないんだけどね、」


そう言って今度は私の方が前のめりになって話し始めると、依然体をこちらに少し屈めていたソウちゃんは身を引くように体を起こした。



「そういうのってさ、どんな気持ちでするんだろう?」


「…え?」


声が少し低くなった上にそう言って眉間にシワを寄せたソウちゃんのことが気になりつつも、私はすぐにまた口を開いた。


「しかもさ、ある程度仲良くなってたら何かしら気に入らないことも出てくるのかもしれないけどさ、何も知らない相手にそういうことするって何なんだろう」


「……」


「何も知らない相手を嫌いになることってあるのかな?」


「……」


「もしあるなら、」


「放っとけよ」


ソウちゃんは私の言葉を遮ったかと思うと、さっき私から取り上げたマグカップを背後から取り出して私の右手を取るとまた私にそれを持たせた。


…あ、もう飲んでいいんだ…


さっきは話が先だって言ったのに。



私の話はまだ途中だったのにその許可が降りたのは、これは大した話ではないと判断されたからだろうか。




マグカップを素直に受け取った私に、ソウちゃんは「しょうもない」と独り言のように呟いた。


一瞬こんなことを考えて悩んでいる私に対してそう言ったのかと思ったけれど、実際のところソウちゃんはそういうつもりではなかったらしい。



「そんな奴と仲良くしてやる必要なんかねぇよ」



最上級の無視をされた私を慰めてやろうとでも思ってくれたのか、ソウちゃんは子どもに言い聞かせるような口調でそう言うと右手を私の頭に乗せた。


そしてその手は乗せられただけで、撫でるわけでも跳ねるわけでもなかった。



「私は別にムカついてるわけじゃないんだよ?ただ何で私無視されちゃったのかなって思っ」


「どっちでもいいよ、そんなの」


これまた私の言葉を遮ったソウちゃんは、私の頭に乗せていた右手を引っ込めると両肘をあぐらをかいていた足につくようにしてまた少し前屈みになった。



「コトにはまだ分かんねぇかもしんねぇけどさ、高校で仲良くしてた奴らとの繋がりなんか大学に行けばそのほとんどがなくなるんだぞ」


ソウちゃんはどうやら私を無視した相手は学校の人だと勘違いしているらしい。 


でもその勘違いは今の私には都合が良かった。



やっぱりあの人のことは、私にとってそう簡単に誰かに言ったりはしたくないことだったから。



それからソウちゃんは、「仲良くしてた奴ですらそうなんだから、嫌いだった奴なんか思い出しもしねぇよ」と言いながら自分のマグカップを口元へ運んでコーヒーを一口啜った。

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