第64話

「なんか変なもん食ったか!?」


「何言ってんの、食べてないよ」


「来た時からちょっと変だと思ったんだよ!!」


「別に大したことじゃないって」


「ほら!!やっぱり何かあったんじゃねぇかよ!!」


「あははっ、ソウちゃんこそ急にどうしたの?声が大きいよ」



それからしばらく黙ったソウちゃんは笑いはせずに、私が口に運ぼうとしていたマグカップをギリギリのところで優しく奪い取った。


「っ、ちょっ、」


「何があったか俺に言ってみろって」


ソウちゃんはさっきとは打って変わって落ち着いたトーンでそう言うと、私の飲んでいたコーヒーのマグカップを私の手の届かない自分の背後に置いた。



「コーヒー飲んじゃダメなの?」


「話が先」


「てか、あれ?さっきの話し方とはすごい温度差だね。テンションがコロコロコロコロ…ソウちゃんって面白いなぁ」


「俺に言えねぇことなんかねぇだろ?」


笑って誤魔化そうとする私を気にすることなく話を続けたソウちゃんは、心配そうな顔で私を見ていた。





言えないことはない。



ただ、言いたくないことはある。




「…なぁ、何かあったんだろ?」


「“何か”か………はぁ……ねぇ、ソウちゃん、」




…今思い返してみても分からないな。



私、何であそこまで無視されたの…?



改まったように名前を呼んだ私に、ソウちゃんは「うん?」と言いながらあぐらをかいたまま体を少し前に屈めて俯く私の顔を覗き込んできた。



「ソウちゃんってさ、人を無視したことある?」


「…え?無視?」


突然の突拍子もない私の質問に、ソウちゃんは驚いた様子でそう聞き返した。


「うん。それも聞こえないフリとかそんな可愛いのじゃなくて、存在そのものを無かったことにしちゃうんじゃないかってくらいのレベルの無視」


「…いや、ない…」


「…そっか」



そりゃそうだ。


あれはそう簡単に人にしていいようなレベルの無視じゃない。



あの彼は、私が思う以上に育ちが悪いのかもしれない。

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