第60話
私の背後を通って奥の部屋へ行ったソウちゃんは、当たり前のようにそこの電気をつけて上着を脱ぎ始めていた。
ソウちゃん…コーヒー飲んだら帰るのかな…
私は別に泊まられるのが迷惑なわけじゃない。
ソウちゃんはいつも私のことを気にかけてくれるし、一人でこんな静かで寒い部屋にいるよりもソウちゃんと話していた方が絶対に楽しい。
…でも、今日ばっかりは誰かと過ごすような気分ではなかった。
「コト、今帰ったとこ?」
ソウちゃんのその声にケトルの中の水を見つめていた私がそちらに目をやれば、ソウちゃんはいつのまにかその場にあぐらをかいてこちら向きに座っていた。
「うん、そう。何で分かったの?」
「さっきコトが玄関開けた時そっちの電気もついてなかったろ」
「…あぁ、そっか…ちょうどつけようとしたタイミングでインターホン鳴ったから…」
「すぐにドア開けるのやめろよ」
あぐらをかいたまま背後に両手をつくようにして座るソウちゃんは、なんだかこの部屋の主人である私よりもリラックスしているようだった。
私だってまだ帰ってきてから一度も座ってないのに…
「ソウちゃん、実はこの部屋気に入ってる?」
「は?」
「私よりもくつろいでるし、悪い意味じゃなくこの部屋にももうすでに馴染んでるよ?」
もちろん悪気なんて一切なくそんなことを口にした私だったけれど、ソウちゃんは私の言葉にぐっと眉間にシワを寄せて私を見下ろすような目を向けた。
すごいな…
座っている人間が立っている人間を見下ろすことなんてできるんだ…
「俺今大事な話してんだけど」
「…大事な話?」
「そう」
「“すぐにドアを開けるな”ってやつ?」
「そう」
「……」
だって…
お隣さんだって思ったし…
「俺じゃなかったらどうすんだよ」
「“俺じゃ…なかったら…”」
「そうだよ。危険すぎるだろ、普通に」
ソウちゃんは俺で良かったと言わんばかりの口調でそう言ったけれど、私にしてみればドアを開けてソウちゃんの顔を見た瞬間のがっかり感は正直否定できなかった。
でも、この場合のソウちゃんの“普通に”はきっと正しい。
一人暮らしであることに私はもっと警戒すべきだと思う。
でもそれ以上に、今はお隣さんかもしれないなんて期待を何の疑いもなく持ってしまった自分が私はとにかく恥ずかしかった。
…あるわけないよね、そんなこと。
「コト?聞いてんのかよ?」
またソウちゃんから目の前にあるケトルへと目線を戻していた私は、その中でボコボコと浮かび上がってくる気泡をひたすら見つめていた。
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