第58話
…こんなんじゃあ全然物足りないよ。
寒い中駅でひたすら二時間も待って、
なんなら朝からずっとずっと私は彼の帰りを待っていたと言っても過言ではないのに、その代償が目が合っただけだなんて…
これは長い戦いになりそうだ…
本音を言えば、私の中に大きく膨らんだこの話したいという欲は無視をされたくらいで簡単に消えるわけはなくて、許されるものならば今すぐにでも彼の部屋のインターホンを押してその機会を掴み取りたいところだった。
でも、あの彼の様子だとそれは絶対に許されないことだということはちゃんと分かっていた。
何がきっかけかはよく分からないけれど、彼の中での私は今割とマイナスな位置にいるらしい。
じゃなきゃ挨拶をされて何も返さない上にそのまま何も言わずに部屋に入るだなんてありえない。
たしかに下のおばあちゃんも彼のことを“挨拶をしても何も返さない”とか“無愛想で印象が悪い”とかなんとか言っていたけれど、私とあのおばあちゃんは違う。
昨日越してきたばかりの私がもうすでに彼に嫌われるなんて絶対にあるわけない。
…って、まぁあのおばあちゃんが彼に嫌われている前提でそんなことを考えるのも良くないとは思うのだけれど。
もちろんこれくらいで諦めたりはしないけれど、部屋に入られてしまったものはもうどうしようもない。
今日のところは一旦引こう…
あんまり押しすぎて今以上にマイナスに転落するわけにもいかないし。
私はポケットから部屋の鍵を取り出すと、すぐにドアの鍵を開けて中に入った。
———…ガチャンッ…
後ろ手でドアを閉めた私は思わずそのドアに背中を預けるようにもたれかかった。
「はぁ……」
諦めない、諦めない、……
…とは思いつつも、これは想像できる中で一番酷い対応をされたようにも思う。
冷たい言葉をもらう方がまだマシだ。
そこにいるのにいないみたいな扱いを受けることは、どんな暴言を吐かれるよりもショックだった。
「はぁ……」
また無意識にため息を吐きながら靴を脱いだ私は、すぐに手前の部屋の電気をつけようと部屋に上がった。
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