第57話
「っ、あっ、えっと、…あの、何が良かったとかありますか!?」
「……」
「……あっ、ちなみに私は昨日こっちに越してきた者です!」
「……」
黙って見つめられることに耐えられなくなった私は焦りながらもなんとか言葉を発して会話をしようと試みたけれど、彼はやっぱり黙って私を見つめ返すだけだった。
「…これからよろしくお願いします」
「……」
ここまで何も言わないなんて…
これもまた、想定外。
しかも私、また引っ越しの挨拶みたいなこと言っちゃってるし…
笑うでも困るでもなく、何を考えているのかただひたすらこちらを見つめる彼に、私はこれ以上何を言えばいいのか分からなくなった。
聞きたいことが山ほどあるのはもちろん今も変わらない。
でも私が今頭に浮かぶそれらは決してこんなよく分からない状況で聞くようなことではなかった。
それに聞いたところで今の彼ならやっぱり何も言ってはくれないだろう。
———…ガチャッ
その視線に耐えられなくなって思わず目線を落としていた私に、ドアを引く音が聞こえて私はすぐに顔を上げた。
それからすぐにこれ以上ないほどに訳が分からなくなった私は思わず小さな声で「えっ、」と言葉を漏らしたけれど、
———…バタンッ…
彼はそんな私の全てを無視して、自分の部屋の中へ入ってしまった。
「いやいや…想定外すぎる……」
ここまで華麗に無視をされるとは思わなかった。
昨日だってドアは開けてくれなかったけれど一応言葉は返してくれたから、今日だってちゃんと返してくれるもんだと…
…あぁ、そうか。
ドアを開けないなら何かしら言うしかないもんなぁ…
そのどちらもを欲しがるなんて欲張りだったのか?なんて自分で自分に問いかけてみたけれど、私には“話すこと”も“顔を合わせること”もそこまで特別なことではないと思えてならなかった。
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