第54話

———…十八時、



十五分ほど前から、私は何故かソワソワしていた。


一年半以上もほぼ毎日同じことを繰り返しているのに、なんだか今日はこれまでとは一味も二味も違う気がした。



それはやっぱり私達の関係がこれまでよりも何歩も近付いたということもあるし、ドアを隔てていたとはいえ昨日私とあの人は一応会話をしたわけだし、今となっては向こうにとっても私は“知らない人”ではないわけだし…



でも何よりも大きく感じたのは、朝会えなかったことだったと思う。


たったそれだけでまるでもう何年もこの時が来るのを我慢して待ち侘びていたかのような胸の高鳴りに、私は昨日みたいに左胸が少し痛くなった。



いつものベンチに座りながらも真上に設置されている小さな電光掲示板を見つめていた私は、そこに表示された“まもなく電車が到着します”の文字に思わずドキッとした。


それからまもなくして入ってきた電車は私がこの二時間待ちに待ったそれで間違いなくて、今日の彼が残業とかじゃない限り確実にそこから出てくるはずだ。



それに私はあの人がどのドアから出てくるのかも分かっている。


本人が意識的にそうしているのかは分からないけれど、あの人は毎朝同じドアから電車に乗り込んで帰りも同じドアから出てくる。


だから見逃すかもしれないなんて心配は全くなかった。






そしてその時はあっさりと訪れた。





あっ———…!




ドアが開いて数秒後に現れた彼は、いつもの茶色の作業着でこの寒さを凌ぐために首にはネックウォーマーをつけていた。


それはどこからどうみてもあの人で、待ちに待ったこの時に私は彼から目が離せなくて思わず“本物だ…”とバカなことまで考えてしまった。




ベンチに座る私の前を通る瞬間目が合った気がしたけれど、一瞬すぎてよく分からなかった。


気のせいかもしれないし、私が彼のことを凝視しすぎてそんな錯覚を起こしてしまっただけかもしれない。



私の前をそのままあっさりと通り過ぎた彼を、私はベンチに座ったままそちらに顔を向けてその背中を見つめ続けた。





いつもならこれで私の任務は完了するのだけれど、これからは違う。


だって私達の帰る場所は同じなんだから。


そんな奇跡を逃すわけにはいかない。














これはたった今思いついたことだけれど、思いたったが吉日とも言うしこれを成し遂げられれば朝の賭けに負けたことなんてもうチャラも同然だ。




“縁”にしろ“運命”にしろ、


やっぱりそれらは自らで繋いでいくものだ。



待っていたって何も始まらない。




私は頭の中に突如浮かび上がったその目的を果たすために、彼が改札を出た瞬間立ち上がって私も同じように改札を抜けた。

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