第53話

それから私は、いつも彼の向かう方向である電車を一体何本見送っただろう。



初めはその電車に乗り込む人達に目を見張ってくまなく彼を探してみたけれどやはりどこにもその姿はなく、八時になろうとしている今となってはもう私は顔を上げることすらしなくなった。




いつものベンチに座って微動だにしない私は、勢いのいいこの人々の流れに対してすごく邪魔な存在に思えた。







やっぱり会えなかった……







分かっていたのに。


こういう時は賭けなんてしないつもりだったのに。




“運命”は私を後押しもしてくれるだろうけれど、時にはそれに過剰な期待を寄せてしまうことにもなりうるのだと、私はこの時初めて知った。






八時五分を過ぎたあたりで、私は彼の職場とは真逆方向である学校の最寄駅へ向かう電車に乗った。



私の通う高校の周りには他にも高校が二校も身を寄せるようにあるからなのか、電車の中は学生が多くてとても賑わっていた。


いつもは彼を見送ってすぐに電車に乗る私にとって、この時間のこの電車に乗るのはほぼ初めてだった。




彼らと同年代であるはずの私がその人達のどこを取ってみても幼いと思えてしまうのは、昨日一日ソウちゃんと過ごした上に今私はお隣さんであるあの彼のことで頭がいっぱいだからだろう。






…“運命”だなんて、安直な名前をつけるべきではなかったかもしれない。


たった一度会えなかっただけで“実はそうじゃないのかもしれない”と簡単に思えてしまってちょっと苦しい。



昨日までは抱きもしなかった得体の知れない不安のようなものが、より一層今の私の気持ちを沈ませた。



「はぁ…」



何度ため息を吐いただろう。


目に映る全てのものがつまらなく思えて仕方ない。




学校に着いて授業が始まってもなかなか私の気持ちは回復しなかったけれど、時間が進むにつれて夕方会えることへの期待にいつのまにか私は胸が膨らんでいて、気付けば今日最後の授業となる六限ももうすでに半分が終わっていた。



私って単純だな…



朝のショックが嘘のように私は今ワクワクしていて、まだ授業は終わっていないし時間だって早過ぎるのに私はもうすでに駅に向かって走り出したくてたまらなかった。



この授業が終わったら、もう何が何でも急いで学校を出て駅に走ろう。それでもちろんあの駅で降りて、そこで大人しく彼の帰りを待つことにしよう。



そう意気込んでチャイムが鳴るのを今か今かと待っていた私は、チャイムが鳴ると同時に机に広げていた教科書を勢いよくバタンッ!と閉じた。


その音に周りの席の人の視線を少し感じたけれど、そんなことはどうでもよくて私はすぐに鞄にそれらを詰め込んだ。




この時、チャイムが鳴ればすぐに授業を切り上げてくれるタイプの先生だったことはすごくラッキーだったと思う。


私は予定通りすぐに学校を出て、走る必要なんてないのに全速力で学校の最寄駅を目指して電車に飛び乗った。







あの人の帰ってくる駅でそれから二時間、何をするわけでもなく私はひたすら彼を待った。

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