第51話
「だってソウちゃん、さっき私に“昨日の夜のことを忘れてるみたいだ”って言ったじゃん」
「……」
「だから私は“忘れてないよ”って言ったのに、“今はその話をしてるんじゃない”とか言うんだもん。意味分かんなくない?」
「……」
こうやってソウちゃんとピリついた空気で口論になるのは実は珍しくはない。
その度に私はいつも本気だし全力で自分の考えを主張しているのだけれど、ソウちゃんはいつもこうやって子どもを相手にしているみたいに最後は投げやりになって何も言わなくなる。
…で、そのあとは何事もなかったかのように連絡してきて会えばもちろんいつも通り。
この前のはもういいの!?といつも言いたくなるのだけれど、それを後日引っ張り出すこともまた子どもだと思われそうだから私はいつもほんの少しモヤモヤした気持ちを抱きつつ普通に接する。
慣れたと言えば、慣れた。
でも私は揉める度にちゃんとソウちゃんと向き合おうとしているから、流されたみたいでどこかモヤっとするのは当たり前のことだ。
「言いたいことはもっとはっきり分かりやすく教えてほしいな」
「分かるだろ」
「いや、分かんないから聞い」
「じゃあもういい」
ソウちゃんはそう言って、私をその場に残し駅とは真逆方向である家の方へと歩き始めた。
だから私は慌てて後ろを振り返った。
「っ、ソウちゃんっ!」
「急いでんだろ。俺も一旦家帰って寝るわ。またな」
振り返りもせずにそう言ったソウちゃんの声はまたいつのまにかいつも通りになっていて、その足は止まることなくどんどん私から遠ざかっていった。
ほら、そうやってまた私にモヤモヤを残す…
こうなってしまえば私が今から何を言ったところでもうソウちゃんは足を止めてはくれないだろう。
それが分かっていたから、私はもう何も言わずにその背中を見つめた。
ソウちゃんの後ろ姿が見えなくなったところで携帯を開いてみれば、時刻はもう七時半になっていた。
どのみち無理そうだったものの可能性はまたさらに低くなった。
私は携帯をしまうと、トボトボと駅に向かって歩き始めた。
こうやって、会える可能性の低い時はあえてその賭けに乗らない私はずるい人間だと思う。
“縁”だとか“運命”だとかを言い張るならばいつだってそれを信じて走ればいいものを、そうじゃなかった時の言い訳が思いつかないから私はあえて走りはしない。
でも、会いたい気持ちは当然変わらなかった。
きっとまた彼は今日も夕方にはいつものあの駅に帰ってくるんだろうし、なんならそのあと彼の帰る家は私の部屋の隣だ。
それなのに、私は昨日からとにかくその顔を見たかったからなのか何かすごく大きなチャンスを逃してしまったような気分だった。
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