第50話
私はそんなソウちゃんに早くしてよと急かしたい気持ちでいっぱいだったけれど、それを言えばソウちゃんはちゃんと怒るだろうということはその顔を見ていればすぐに察することができた。
そしてそうなれば駅に向かうのがもっと遅くなる。
だから私は今すぐ走り出したい気持ちをぐっと飲み込んで、ソウちゃんが階段をちゃんと最後まで下りるのを待った。
…なのに、
「コトってそんなドライな奴だったっけ」
嫌味ったらしくそんなことを口にしたソウちゃんは、このまま私をすぐに駅に向かわせてはくれないらしい。
それと同時に、私の中には一気に諦めのような気持ちが芽生えた。
…きっともう今朝は無理だ。
夜は帰ってくる時間が多少ズレることはあっても、朝は基本的に変わらない。
そんなチャンスを越してきた翌日にみすみす逃す
なんて…
運命だったということや昨日洗剤を受け取ってくれたことが、私の気持ちにあぐらをかかせてしまったりでもしていたんだろうか。
「…何が?」
私はなぜかあの人へよく分からない罪悪感を抱きつつ、さっきまでとは打って変わって落ち着いたトーンでソウちゃんに言葉を返した。
“罪悪感”だなんて…
あの人は絶対に私を待ってなんていないけど。
やっぱり私って変態なのかな…
「余韻とか一切引きずらねぇのな」
ソウちゃんは依然嫌味ったらしさを言葉に乗せつつも、落ち着いた様子でしっかりと言葉を返してくれた。
それでもソウちゃんの言いたいことがいまいち理解できなかった私は、もう一度「何が?」とその言葉の意味を聞き返した。
「昨日の夜俺と何したとかすっかり忘れてるみたいだし」
「そんなっ…忘れてないよ!」
昨日の今日でそれを忘れてるだなんて、ソウちゃんはちょっと私の記憶力を侮りすぎなんじゃないだろうか。
すぐに否定した私だったけれどソウちゃんのムッとした顔は変わらなかったから、私は今一度改めて「ちゃんと覚えてるよ」と言葉を付け加えた。
「…どうだか」
「いやいや、本当に覚え」
「だって今お前俺より駅に夢中じゃん」
「っ、それはっ、」
「てか俺は覚えてるか覚えてないかの話をしてんじゃねぇんだけど」
私が口を開くたびに言葉を遮るソウちゃんは今は私の話なんて聞く気はないようだし、なんならその怒っていることだって何があっても覆す気はなさそうだった。
その上その話をしているんじゃないだなんて、どの口が言っているのか。
先に“忘れてる”と言い出したのはソウちゃんなのに…
「…ソウちゃん、さっきから言ってることがめちゃくちゃだよ」
私が思わずそう呟けば、ソウちゃんは依然強気な態度で「何が?」と言った。
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