第44話

「あんな我慢すんならもうここでヤるのは脚下だな」



行為を終えてもなお裸のままのソウちゃんは、布団の中で同じく裸の私を抱き寄せながらそう言った。



「え?」


「声だよ。お前マジで何も言わなかったろ」


「だって隣に聞こえたらヤバいじゃん」


「そうだけど…でも電気も消してたから俺はお前が息してんのかどうかすらもよく分かんなかったぞ」


「ははっ、それは大袈裟だよ」



笑ってそう言った私に、ソウちゃんは「いやマジで」とまるでそんな私を気に入らないとでも言うかのような言い方で言葉を付け加えた。



ならば私の息がいつも以上に上がっていた気がしたのは気のせいだったのかもしれない。


たしかに今日の私はセックスの内容や気持ちよさなんかよりも隣の部屋に聞こえやしないかということの方が気になって仕方がなかったから。



でもソウちゃんの言うことが本当ならば、きっと隣にいるあの人には何も聞こえずに済んだのだと思う。




それからソウちゃんは、少し甘えるような声のトーンで「声がしないと本当に俺は今コトを抱いてんのかって不安になる」と言った。



「それは私以外にもそういうことをする相手がいるからそうなるんだよ」


「いねぇし」


「そればっかりは私のせいじゃなくない?」


「だからいねぇって、そんなの」


少しムッとしたらしいソウちゃんは、言葉ではもう何を言っても無駄だと思ったのか私を抱き寄せたまま私のおでこにゴツンと強めに自分のおでこをぶつけた。


ぶつけるというか押し付けるというか…


それが地味に痛くて思わず「いたっ」と言葉を溢した私だったけれど、ソウちゃんはそんな私を気にすることなく「コトは?」と話を続けた。



「え?」


「いんの?俺以外にセックスする相手」


「まさか。いないよ、そんなの」


私のその答えに、ソウちゃんはフッと笑ったかと思うとどこか嬉しそうな声色で「知ってる」と言った。





私達にとってその行為に特別な意味や価値はなくて、言うなればそれは欲望。


でも自信を持ってそうだとも言い切れない。


ソウちゃんは男だからそれもあながち間違いではないのかもしれないけれど、じゃあ私もそうなのかと聞かれればそれは違う。



ないならないで、別に困りはしない。



でもきっと、恋人でも友達でも家族でもない“幼馴染のソウちゃん”の生み出すこの安心感は今の私にとって必要なものなのだと思う。


そしてソウちゃんにとっても、私は何かしらの形で必要な存在なのだと思う。




だからこんなにも私のことを気にかけてくれているんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る