第39話
「ほら、頭からかぶっとけ」
シャワーヘッドを掴んだソウちゃんは、そう言いながら待ったなしでお湯を私の頭上からかぶせた。
「ちょっ、」
「コトはいちいち遠慮しすぎなんだよ」
ソウちゃんは一方的に話し始めながら、お湯で一気に濡れた私の髪の毛をあいていた左手で優しく梳かしていた。
私はというと、ソウちゃんの優しく諭すようなその声に反論しようとしていた気持ちがスッと鎮まっていった。
「口を開けば“ごめん、ごめん、”って…お前何も悪くねぇのに」
「……」
「でもそういう奴ってめんどくせぇから俺じゃなかったらとっくに愛想尽かされてるぞ?」
「……」
「だからこれ以上はやめとけ?な?」
「……」
ソウちゃんのその優しいんだけどどこか投げやりな言い方はきっとわざとで、俯いて黙る私が今泣いていることにもきっと気付いている。
だからなのか、髪全体はとっくに濡れたのにソウちゃんはそれでも依然私にシャワーを頭からかけ続けていた。
これが何に対しての涙なのかなんて私自身にもよく分からなかったから、ソウちゃんからすればもっと分からなかっただろう。
「てか“ごめん”じゃなくてそこは“ありがとう”って言えよ。これ日本人の悪いとこだぞ。お前その典型だな」
「うん…ごめんね、ソウちゃん」
「……」
今無視をされたのもきっとわざとだ。
「…あと、ありがとう」
「…おう」
それからしばらくはお互い何も話さず、ソウちゃんは私の頭や体をシャワーのお湯である程度温めるとすぐにシャワーヘッドを戻して私があらかじめ買っておいた新品のシャンプーに手を伸ばした。
私が今日ドラッグストアで買ったシャンプーやコンディショナーやボディーソープは、店頭に並んでいるものの中で一番安くて聞いたこともないようなノーブランドの無名のものだ。
それを適量手に取ったソウちゃんは、そのまま俯く私の頭をガシガシと洗ってくれた。
匂いもあきらかに安っぽくて、泡立つほどに際立ったそれはシャンプーによくある定番のフレッシュな香りだったけれど、どこか人工的で一貫性がなくとにかく不自然なものだった。
「……ふはっ」
しばらくして聞こえたソウちゃんの笑い声に少し顔を上げると、私の泡だらけになった髪の毛で遊んでいたらしいソウちゃんはこちらを見て笑っていた。
「何してるの…」
「お前の今の髪型すげぇだせぇぞ」
そう言ってやっぱり笑い続けるソウちゃんに、私もシャンプーのボトルに手を伸ばして数プッシュ取ると少し背伸びをしてソウちゃんの頭に遠慮なくそれを擦り付けた。
「丁寧に洗えよ?ただでさえこんな質の悪いシャンプー使ってんだから」
そう言いつつもこちらに少し体を屈めて私が洗いやすいようにしてくれたソウちゃんに、私は背伸びをするために上げていた踵を戻しながら「うるさい」と言った。
ずっと出し続けていたシャワーのお湯は、私達がお互いに頭と体を洗い終える頃にはこの狭い浴槽の私の膝くらいまでお湯が溜まっていた。
そのお湯は私達がシャンプーやコンディショナーを洗い流したお湯だから決して綺麗なものではなかったけれど、ソウちゃんはそれを気にすることなくしゃがみ込むとしっかりとそのお湯に浸かった。
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