第26話

まぁ何はともあれ、私は今日も彼との縁を明日に繋げることができた。


もうそれだけで何も問題はない。




よかった、よかった…




そう頭の中で何度も繰り返しながらよく分からない達成感に浸っていた私だったけれど、






駅からしばらく歩いた彼の到着した場所が私が今日から住むあのアパートだったことに、私は思わず口元が緩んだまま固まってしまった。





「……え、……」





彼は迷うことなく私がさっき駆け下りたあの鉄骨階段を上り、私の部屋の前を通り過ぎて左隣のあの角部屋へと入って行った。




「うっ……そ……」




…え?そこ?


今そこに入ったよね?


そこに住んでるの?


そこって私の部屋の隣だよね…?



今はっきりとこの目で確認したにもかかわらず頭の中で何度も何度も確認のようにそんなことを繰り返していた私は、最終的には“ここって私の越してきたアパートだよね?”と周辺をキョロキョロしてそんな今更なことまで再確認しようとしていた。



気付けば私の心臓は大きく脈を打っていて、何なら少し左胸が痛いくらいだった。




いや、待って…これは想定外すぎる…




ていうかもうこんなの、縁を通り越して運命じゃん…!!




それと同時に私の部屋の真下に住むおばあちゃんの言っていたあの噂話の信憑性は一瞬にして薄れた。



彼が?人殺し?



そんなわけはない。



たしかに少し育ちは悪そうであのおばあちゃんの言うように愛想はなさそうだけれど、見た感じ年だってソウちゃんと変わらなそうだし、今はこんなにも真面目に毎日朝早くから仕事に行っている彼が過去に人を殺したなんて絶対にありえない。




私は彼の勤務態度なんて知るわけがないけれど、どうやら私はこの一年半繋ぎ続けてきた縁でしっかりと彼の人物像を作り上げていたらしくその信用性はもちろん今日初対面だったあのおばあちゃんなんかよりもはるかに大きなものになっていた。






左胸はやっぱりまだ痛い。



この胸の高鳴りは何と表現したらいいんだろう。



浮き足立つ気持ちを出来るだけ抑えつつも今の私にゆっくり歩くような余裕はなくて、少し小走りでアパートに駆け寄り階段を急いで上がって自分の部屋へ向かった。


自分の部屋の玄関のドアを開ける瞬間も私の視線は無意識に奥の部屋のドアへと向けられていて、一時停止せずにはいられなかった。




そこにいるんだっ…




私の中で彼と私と繋がりは“縁”以上のものになったかに思えて、


“これに新しい名前をつけるとするならば何になるだろう。運命、奇跡、必然、…”


と、私は思いつく限りの単語を頭の中で並べながらやっと自分の部屋のドアを引いた。



———…ガチャッ



「おかえりー」



ソウちゃんのその声はちゃんと私の耳に届きはしたけれど、何か言葉を返す余裕までは持てなかった。



これからどうしようか、


…あっ、とりあえず引っ越しの挨拶…!



靴を脱いで部屋に上がった私は、ソウちゃんもいる奥の部屋に置いてあった挨拶用の洗剤を一箱取りに行くためにそのまま足を進めた。

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