第25話
駅に着いてすぐにホームの時計に目をやると、時刻は十八時十分だった。
こんなにも走ったのに毎朝歩いてこの駅へ来る時とかかった時間が変わらないとは何事だろう。
もしあの彼が今日の仕事を定時で終えて帰ってきていたら、もうとっくに彼はこの駅にはいないだろうし今から何分待ったって彼は絶対に現れない。
十八時に間に合わなかったせいで彼に会えるのかどうかすらも分からないことが、ここに来て私をこれでもかというくらいに不安にさせた。
さすがに帰ったかな…
私達の縁もここまで———…
そう思った瞬間だった。
私の目の前を、見覚えのある茶色がスッと横切った。
「っ、えっ、」
思わず驚きの声を出しながらそちらへ顔を向けると、もう私がこれまでに散々見てきたはずのあの薄汚れた少し大きめのダボッとした茶色の作業着の後ろ姿があった。
私からしてみれば、やっぱり彼は少し浮いているのかもしれない。
だってあんな一瞬目の前を横切ったくらいで簡単にそれを彼だと判断できて、その上その後ろ姿をまるでもう何年も探し回っていたかのような錯覚を起こしてしまうくらいに愛しく思えてしまったのだから。
だからだろう。
いつもはここで駅から出て行く彼を見送って終わるところなのに、気付けば私は一定の間隔を空けて彼のあとを追っていた。
…すごくドキドキした。
駅で見る朝も夕方もそれから行きつけのコンビニも、これまでに私が彼を見る時はいつも私は動かずにただひたすら目で追っていただけだったから。
こうして自らアクションを起こそうとしていることに、私はこれまでの人生で味わったことのないような胸が躍る感覚になった。
なんかめちゃくちゃ悪いことをしてる気分…
…いや、してるのか…だってこれって思いっきり尾行じゃん…
ちゃんとそう自覚しつつも、私は口元の緩みを抑えられなかった。
一年半以上も彼との縁を繋いできた私だけれど、いまだに彼と目が合ったことは一度もない。
だから彼が私のことを知っていることはないはずだけれど、尾行しているという事実がそうさせるのかとにかくバレないように、バレないようにと私はひたすら一定の間隔を保ちながらそのあとを追った。
彼がもしこちらを振り返るようなことがあれば電柱に隠れるという定番の行動に出ようと思って道の途中にある電柱を辿るように後ろを歩いていた私だったけれど、彼は全くこちらを振り返る気配はなかった。
きっと彼は家に帰っているのだろう。
どこに住んでるんだろう。
この街は狭い上に行きつけのコンビニが同じであることを考えれば、きっと彼の家だって目と鼻の先のはずだ。
これもきっと何かの縁に違いない。
…って、まぁ“この街ならどんなとこでも”と叔父さんに言ったのは私だし、それを考えればやっぱりこの縁は私自身が作り出しているものだと言えるのかもしれないけれど、もうそんな細かいことはこの際どうだっていい。
これは私だけの密かな楽しみであり生き甲斐なんだから、私がそれを“縁”だと言うならばもうそれは“縁”なのだろう。
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