第20話
「ちなみにこの右隣は?もう行った?」
「あ、いえ、あとそこだけです」
「ならちょうどよかった。そこは今空室だから行く必要ないわよ」
「そうなんですか…!わざわざありがとうございます!」
私が思わずそう言って軽く頭を下げると、そのおばあちゃんは「まぁ困ったら何でも言いなさいね。女二人仲良くやりましょ」と小さく笑ったから、私の中に芽生えた小さな恐怖心は少しだけ和らいだ気がした。
「なんならうちでご飯食べて行く?引っ越ししたてならご飯とかも用意できてないでしょう?茄子の浅漬けが美味しくできたから」
おばあちゃんはそう言って私の手を引こうとしたけれど、「ありがとうございます。でもまだ片付けとかが残ってて…」と言って私はその誘いを断った。
気分を悪くされたらどうしようと思っていたけれど、そのおばあちゃんは案外早く身を引いてくれて「残念ねぇ」と笑っていた。
なんとなくこの人に嫌われるのは良くない気がして、私は「ありがとうございます。失礼します」と丁寧に別れの言葉を口にしてからそのおばあちゃんへの挨拶を終わらせた。
———…“その男の子、過去に人を殺したって噂だから”
よりによってお隣さんだなんて…
おばあちゃんの部屋の前からしばらく動けなくなった私にふわっと冷たい風が吹いて、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒した。
っ、とりあえず今は全てを後回しにしなきゃっ…!!
私はズボンのポケットに入れていた携帯をすぐに取り出して時刻を確認した。
二階の人がみんな不在だったおかげか、家を出る時十七時半だった時刻はまだ四十五分だった。
挨拶を終えたらそのまま駅に向かおうと思っていた私だったけれど、これなら上着を取りに一度部屋へ戻る時間もありそうだ。
それに粉末洗剤が四箱も入った袋は地味に重い。
やっぱり液体のものにするべきだったと私は改めて後悔した。
…とはいえ時間がないことに変わりはないわけで、
私はすぐにまたさっきの信用性ゼロの鉄骨階段を早足で駆け上がって自分の部屋を目指した。
あのおばあちゃん、“女二人仲良く”って言ってたな…
ってことは不在だった二階の部屋ももし空室じゃないならそこに住んでいるのは男の人か。
…いや、あのおばあちゃんが私の部屋を真上の部屋だと判断したことを考えればきっと二階の空室は私の住むあの部屋だけだったんだろうな。
…戸締りはしっかりしておこう。
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