第13話

しばらくして顔を離したソウちゃんは、そっと両腕を私の肩あたりに回して私を抱き寄せた。



「…良かったな、あの家を出られて」



キスをされた上に優しく抱き寄せられてそんなことを言われたって彼は私の恋人じゃないんだからおかしな話だ。



「…だね」


「ヒロくんのことはどうなるか分かんねぇけど…まぁ何かあったら俺に言えよ」


「そういうのは彼女に言おうね」


「彼女なんかいねぇよ」


「ははっ、うん、知ってる」



私はソウちゃんに恋愛的なものを求めてはいないし、ソウちゃんもきっと私にそういうものを求めてはいない。



じゃあなぜ二人してこんなにも恋人のような空気感を存分に味わっているのか。



それは私自身にもよく分からない。


気付けば出来上がっていたものだから。



「ソウちゃん、大学は?」


「さっき行ってきた。今日はもう行く必要ない」


「そうなんだ。大学生って自由だね」


これが私達なのだと思えばもうそれ以上を追求する気にもなれなかった。






それは私とソウちゃんの間で繰り返されるセックスという行為にも同じことが言える。






「…今日泊まる」


「うん」


「てか頻繁に泊まりに来るぞ、俺」


「うん。でも布団は二つもいらないよ?見て分かる通りここは収納が皆無だから」


「そりゃいらねぇだろ。一緒に寝るんだから」


「…あ、そっか」



ソウちゃんの私を抱き寄せる腕の力はとても優しいのに力強くもあって、私はそれにいつも漠然とした安心感を抱いている。


その理由は、ソウちゃんが恋人でも友達でも家族でもないからなのだと思う。



近過ぎず遠過ぎなくて、遠過ぎず近過ぎないこの距離感がきっと私の安心感を生んでいるのだろう。



そういう意味では、“幼馴染”とはとても便利な立ち位置だ。





「…コーヒー全部飲んだの?」


「いやまだ」


「冷める前に飲みなよ」


「あぁ、うん」


ソウちゃんはそう言って私から体を離すと、またさっき座っていた奥の部屋へ戻ってあぐらをかきコーヒーを飲み始めた。




「にしても十七で一人暮らしか…なんかすげぇな…」


こちらに後頭部を向けて窓の外を見ながら独り言のように呟かれたそれは立派だなという意味ではなく、どちらかというと大変だなと少し哀れむようなニュアンスが込められていたように思う。



「さっきソウちゃん、良かったなって言ったじゃん。これで良かったんだよ。私が望んだ結果だもん」



私のその言葉に、窓の外を見ていたソウちゃんは首だけを左に回してこちらを見た。



「お前がこの街を出なかった理由ってどっち?」



今日のソウちゃんは私の言葉を遠慮なく無視するつもりらしい。

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