第12話

「…なぁ…お前らって、」


「ないよ」


「……」


具体的な言葉を聞く前に言葉を遮った私にソウちゃんは少し眉間にシワを寄せながら心配そうに私を見つめていて、だから私はそんなソウちゃんを安心させるように「何もない」ともう一度繰り返した。



「どうにかしてやろう感は常に伝わってきてたけどね」



ヒロくんは私のことをよく見ていた。


その“よく見る”は家族ではない私を気遣ってとかそういう意味ではなく、どこか見張るような、常に目で追われているようなものだった。



「…どうにかって?」


「あの感じだもん。一生引きこもりの可能性もあるからね」


「だからそれどういう意味だよ」


「…分かんない?性的な興味や欲求は常に家にいる人間にだって出てくるものでしょってことだよ」


「……」



ここまでヒロくんに警戒心を持つならば、実は彼はもうとっくに私の中では“悪い人”寄りになっているのかもしれない。




「でもソウちゃんは何で“知らない”って嘘ついてくれたの?」


私がそう言ってすでに飲み干したコーヒーのマグカップ片手に立ち上がりシンクの前へと行けば、背後に座っているソウちゃんからは「え?」という声が聞こえた。



「ヒロくんは私の身内なんだし、普通に教えちゃいそうなところだと思うけど」


「いやだってヒロくんが家から出てんのとか珍しいし…それで俺のとこに来たかと思えばいきなりお前の家の場所っておかしいだろ。叔父さんとうまくいってないのも俺は知らなかったんだし」


「あぁ、なるほど。空気を読んでくれたんだね、ソウちゃん。ありがとう」









「———…おい、」



それから少しして聞こえてきたソウちゃんの声はさっきよりもうんと近くて、振り返らずとも今はまた私の背後に立っているのだということが簡単に推測できた。


それを一応この目で確認するべく首だけで後ろを振り返ると、ソウちゃんはやっぱり奥の部屋からこちらに移動していて私のことを真後ろから見下ろしていた。



「…ソウちゃん、人ん家で両手をズボンのポケットに入れて背後に立つって失礼だからやめた方がいいよ?」


私はそう言いながらまた正面へと顔の向きを戻して、さっき使ったマグカップに水を張った。


本当ならお湯を張りたいところだけれど、さすがにここの水道は水しか出ないらしい。


この季節は洗い物が辛そうだな…



世間知らずなソウちゃんは、私の親切でしかないさっきの注意を気にすることなく「こっち向け」と言った。



出していた水道の水を止めて今度はしっかり体ごと反転するようにそちらを振り向けばソウちゃんは相変わらず私の真後ろで私を見下ろしていて、私はソウちゃんのそんなところも失礼だなと思った。




それを重ねて注意しようと思った私だったけれど、


ソウちゃんはやっぱりそんな私のことなんて気にすることなく体を屈めるとそっと私にキスをした。






ソウちゃんのキスは不思議だ。


まるでその間だけ時間が止まったみたいに感じる。




でも私はソウちゃんとしかキスをしたことがないから、それが本当に“ソウちゃんのキスが不思議”なのかどうかはよく分からない。

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