第7話

賃貸のこんなボロアパートの狭い狭いガス台にIH埋め込むって何?


そんなことしていいの?


てかそもそも、そんなことできるの?



そこまではさすがの私も分かんないよ…



ソウちゃんがここまで世間知らずだったとは…



驚いて何も言えない私に対して、ソウちゃんはと言うとどうして私が黙っているのかよく分からないのか“ん?どした?”みたいな顔で不思議そうにこちらを見ていた。




「いや…うん…まぁとりあえずコーヒー飲もっか」


タイミングよく沸いたケトルのお湯を指差してそう言えば、ソウちゃんは素直に「おう」と言ってやっと奥の部屋へ行った。


とはいえまだ何もないその部屋で、ソウちゃんはやっぱり落ち着かなそうに立っているだけだった。



「座ってていいよ?一応畳は張り替えてくれたみたいだから綺麗だし」


私がそう言いながらコーヒーを二つ入れたマグカップを持ってソウちゃんの元へ行けば、ソウちゃんはすぐにその一つを受け取りながら「あぁ、おう」と返事をしてその場にあぐらをかいて座り込んだ。


だから私もすぐに左隣へ腰を下ろした。





「お前さ、今日引っ越してきたのに荷物とかないわけ?」


「いや、少しはあるよ。今日の夕方叔父さんの家から届く予定。って言っても少ないしあの家からここは目と鼻の先だから送ってもらわなくてもよかったんだけど…叔父さんに“送るよう手配するから荷物まとめとけ”って言われたからその流れに身を任せた」


「必要ないならいらないって言えよ」


「極力会話はしたくないでしょ?……叔父さん、私と」


少々自虐的になってしまった私のその言葉に、ソウちゃんは特に慰めの言葉を口にすることなく「…ふぅん」と言ってコーヒーを啜っていた。





夕方その荷物が届いたら、その段ボールを逆さにしてテーブルにしよう。


あれを二人で使う台とするには小さいけれど、まぁそれもしばらくは我慢してもらって———…



「おじさんが死んでもうすぐ六年か……長かったな」



ソウちゃんは改まったようにそう言うと、右手に持っていたマグカップをそっと目の前の畳の上に置いた。


それからすぐにあぐらをかいた足の上で両手を軽く組んだかと思うと、ソウちゃんは真っ直ぐにこちらを見つめた。



「そうかな……私からしてみれば一瞬だったけど」



唯一の家族だったお父さんが死んだのは、ソウちゃんの言うように今から約六年前。


それはものすごく突然で、私は今思い返してもよく分からない。


だって当時私はまだ小学五年生だったし、いつものように学校で昼休みに友達と話をしていたら慌てた先生が私を呼びに来て『お父さんが事故に遭った』と言われ、そのまま病院に連れて行かれた時にはもうお父さんは息をしていなかったから。




ただ漠然と“私は一人になったのだ”と思っただけで、お父さんとそれなりに仲は良かったものの私からは涙すらも一滴も出ることはなかった。


…まぁそれが今起きればそれなりにいろんなことを理解して泣いたりできるんだろうけれど。



不思議なもので、病院でお父さんの死んだ顔を見たっていまいち大きな存在を失った事を実感できなかったのに、その夜お父さんが死んだその場所に向かえばお父さんが好きでよく飲んでいた缶コーヒーが道路の脇に転がっていて、それを見た瞬間私は一気にいろいろなことを実感した。


それでもやっぱり涙が出なかったのは、日頃お父さんは私のために朝から夜中まで働きっぱなしだったから実際のところ死んだって私の一人の日常に特に大きな変化はないと分かっていたからだと思う。




それからはあれよあれよと事は進み、私は近所に住んでいた私の叔父にあたる父のお兄さんに引き取られて昨日までお世話になった。



叔父さん家族は特別私に良くするわけでも虐めるわけでもなかったけれど、「高校にも慣れてきたしそろそろ一人暮らしをしたい」と申し出た私にこの部屋を用意するあたりを思えば、きっと私のことを好いてはいなかったのだろう。







でも、あの人達が私を邪険に扱いきれないのにはちゃんと理由がある。



もっとはっきり言ってしまえば、“私を捨てきれない理由”だ。

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