第8話

「やっとあの家を出られたんだな…てか叔父さん、お前の一人暮らしをよく許してくれたよな」


「うん。切り出すタイミングは正直めちゃくちゃ考えたよ」


「絶対もっと時間がかかると思ってた。だってコトはまだ未成年だし、そのためには叔父さんが手続きとか何もかもをしてやんなきゃなんねぇだろ?」


「うん…でもだからこそこんなボロアパートだったんじゃない?はっきりは知らないけど、家賃なんてたぶんめちゃくちゃ安いよ?きっとソウちゃんが聞いたら腰抜かすくらい。それにさっきも言ったけど私“生活費は必要最低限でいい”って言ったから」




いくら親戚とはいえ、


いくら六年お世話になったとはいえ、


私達からすればお互いは他人も同然で、なんなら他人よりも他人だと思っていて、その関係が埋まることは全くなかった。



でもきっとそれは当たり前のことだったようにも思う。


私達はお互いにそれを“埋めたい”とも“埋めよう”とも思っていなかっただろうから。




「私なんかに同じ家にいられるよりはその方が叔父さん家族も良かっただろうしね」


「そう思うなら生活費は必要最低限でいいとかわざわざ自分から余計なこと言うなよ」


「学費も出してもらうから贅沢なことは言えないよ」


「てか出してもらうも何も、あの人らの今生活してる金はお前のもんでもあるだろ」




叔父さん家族が私を捨てきれない理由はただ一つ。




「その金はおじさんが死んだ時の示談金なんだから」


「うーん…まぁでも叔父さんだって仕事はしてるし、全てがそうってわけじゃないけどね?」


「はぁ……お前さぁ、」



うんと呆れるように息を吐いてそう言ったソウちゃんは、あぐらをかいたまま体ごとこちらに向くように両手で自分の体の向きを変えた。



「自分の父親の過失ゼロの事故死を勝手に示談で終わらせられて、その金で当たり前のように贅沢な暮らしをしてる奴なんかによく感謝できるよなぁ?」


「“感謝”……」







……は、した覚えは一度だってない。



今ソウちゃんの言ったことは全て事実で、叔父さんは勝手にお父さんの死を示談で片付けた。


そこにどれだけのお金が動いたのかなんて、当時小学五年生だった私が知るわけもない。


この六年の間にそれを聞いたこともない。


聞いたところでまだまだ子どもの私にとっては思いもよらないような金額なんだろうし、家に置いてもらう以上それを“返して”と腹を立てることも“最低だ”と罵ることもできないと思った。



それでも普通のサラリーマンである叔父さんがお父さんの死後に一際大きな家を建てて裕福に暮らす辺りを思えば、それはもうかなり莫大な金額だったに違いないということだけは分かる。


そしてその生活が六年経った今も続いているのだから、大人の世界はよく分からない。



ただ私の知っていることは、父を跳ねた原付に乗っていた加害者は未成年だったということ。


それも新聞に小さく掲載されたものから得た情報で、叔父さんから聞いたわけじゃない。


まぁその辺を理由に今もなお叔父さんはその加害者家族からお金を搾り取っているのだろうとはなんとなく理解している。


もしくは最初に提示した示談金をその加害者家族はいまだに払い終えていないというだけなのかもしれない。





まぁどちらにせよ、この先もそのお金を扱うことのない私には全く関係のないことだ。

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