第5話

「…ここ水出るんだな」


「ははっ、当たり前じゃん。業者さんにはちゃんと昨日連絡して開栓してもらったし、それで言うなら電気もガスも昨日からちゃんと使えるよ」


「へぇ…えっ!?」


ソウちゃんが突然大きな声を出すもんだから、私は危うく洗っていたマグカップをシンクの中で落としてしまうところだった。



「じゃあお前昨日一晩ここに泊まったのか!?」


「いや、さすがに昨日はまだ叔父さんの家に泊まったよ。布団とか暖房器具とかもないし、凍え死んじゃうよ」


「あぁ、なんだ…だよな…」


安心したようにそう言葉を漏らしたソウちゃんは、それからもずっと真後ろで私が次々に買ってきたものを洗っていくのを眺めていた。



「食器洗い、見てるの楽しい?」


「…いや、」


ならどうしてそんなところで突っ立っているのかと思いはしたものの、越してきたばかりの私の部屋はこちらのダイニングはもちろん奥の部屋にだってまだ何もない。



暇なんだろうな…


とりあえずテーブルや座布団は買ったほうがいいかな。


でもそれより先にいるのは布団と毛布と…歯ブラシと…



頭の中でこのあとまず最優先に買わなきゃいけないものを考えていた私に、


「何で食器はワンセット?」


ソウちゃんの少しだけムッとした声が聞こえてきた。



「え?」


「俺用のマグカップはあるのに食器はないっておかしくね?」


「“おかしくね?”も何も、私ここで一人で暮らすんだよ?」


「でも俺頻繁にここ来るんだろ?」


「……」


それを私に聞くのはおかしいよ、なんて思いはしたものの、“頻繁に来る”と先に言葉にしたのはこちらだったから私は何も言えなかった。



「なら飯だって食うこともあるだろ。てか食わせろよ、普通に」


「普通に?」


「普通に。“昨日の残り物しかないよー”とか言いながらカレーとか出せよ」


「あはは、なんかすごい具体的な想像してるね。ソウちゃん、可愛い」


笑う私を気にすることなく、ソウちゃんはやっぱり少しムッとした声で「あとで買いに行くぞ」と言った。


だから私はすぐに「わかった」と返事をした。




…ソウちゃんは優しいな。


さりげなくこの後の買い物に付き合ってくれるみたいだし、ソウちゃんはこれまでに私と出掛けた時に私にお金を出させたことは一度もないからそれを考えればきっと今日だって出させてはくれないと思う。


これまでがどうだったかは分からないけれど、それもきっと今日に限っては絶対にあえてのことだ。


ソウちゃんは私のこれからのこの生活水準をよく分かっている。


…となればさっきのタオルのやり取りの本来の目的だって、きっとちゃんと分かったんだろうな。





———…“私は私自身を肯定したかったのだ”





それに対して私はほんの少し恥ずかしくもなったけれど、それがソウちゃん相手だからそこまで気にはならなかった。

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