「入って」


廊下から差し込むあかりを頼りに、ベッドへ腰けると、四季くんは寝室のドアを閉めた。



途端に室内が暗がりに満ち、カーテンの閉まった室内は、リビングと違い、外からの灯りが遮断されている。



四季くんは慣れているのか、迷わずわたしの元へと向かって来るのが気配でわかった。



わたしの位置を確認すると、ベッドへ上がるように誘導され、寝かせられた。



体の上を這うように、四季くんが見下ろしている。



「彩ちゃん」


「ん…」


「大丈夫?」


「うん…」


「一つ言っていい?」


「うん…」


「誤解しないで欲しいんだけど…」


「うん…」


「制服、脱がして良い?」


「えっ?」


「あ、言い方間違えた…」


「え?」


「服貸すから、着替えてくれない?」


「どうして?」


「…制服を着た君を組み敷くのは、悪いことをしてる気分になる」


「四季くんが嫌な気持ちになる?」


「いや、俺は好きだけど」


「え?」


「え?」


「……」


「ごめん、日本語って難しいな…」



この部屋が暗くて本当に良かった。熱った頬をさらすなんて…恥ずかしくて見せられない。



「…四季くんが嫌じゃないなら」


「嫌じゃない。ただ、倫理に反してる気がして」


「わかった。じゃあ、制服脱ぐから…」


「あ、じゃあ起きる…」



背中に腕を回され、上体を起き上がらせてくれた。



「服持ってくる」


「四季くん…」


「何?」



その腕を掴むと、彼の動きも止まる。



「服は要らない」


「え?」


「制服だけ脱ぐから」


「は?」


「四季くんはそこに居て…」


「いや、」


「お願い四季くん」


「いやでも、」


「お願い…」


「わかった」


「……」


「ここに居る」


「……」


「彩ちゃん」


「……」


「いつでもやめるから」



涙声のわたしに、四季くんの心が寄り添ってくれる。



「…最後までする」


「うん。え?最後?」


「行けるとこまでする…」


「い、いけるとこ?」


「出来るとこまで…」


「あぁ、うん。わかった」



四季くんが頷いたのと同時に、セーラーに手をかけた。四季くんには見えにくいかもしれないけど、傍にいると思うだけで物凄く緊張した。



スカートを脱いで、靴下だけ履いてるのも変かなと思い、下着だけ身に纏った状態で、四季くんに声をかけた。



「脱ぎました…」


何とも変な言葉だなと、言いながら感じる。



「彩ちゃん」


「はい…」


「触るよ」


「え?」


「寝かせるから」


「はい…」



この頃には、段々と暗闇に目が慣れて来て、四季くんの動きも見てわかり、自分の下着も見えているのかと思ったら、それだけで胸が苦しくなった。



「四季くん…」


「彩ちゃん、大丈夫?」



ベッドに組み敷かれ、四季くんにしがみつくわたしを、心配している声が落ちて来る。



「四季くん…」


「何?」


「どこから触るの?」


「え?」


「最初に言ってくれる?」


「彩ちゃん?」


「緊張して…心臓が痛い…」


「大丈夫?」


「想像以上で…」


「うん」


「でもやめないでね…」


「うん」


「わたし…」


「彩ちゃん」



四季くんの手が頬を撫でる。



「怖い事はしない。嫌な事もしない。キスしていい?」


「うん…」



頷くと、唇に優しく触れた。



「大丈夫?」


「うん…」


「背中触るよ?」


「背中…?」


「うん」



四季くんは返事を待たずに、背中に手を通し、わたしの体を抱き締めながら、隣へ横たわるように抱き寄せた。



四季くんの腕に包まれながら、直に触れて来る手の感触が心地良い。



「彩ちゃん、足触るよ」


返事をする前に、四季くんはわたしの右の太腿を摩り、そのまま膝の裏を持ち上げ、自分の左足の上に乗せた。



「四季くん…」


「大丈夫。この方が密着できる」


「うん…」


確かにそうかもしれないと納得した。体を寄せ合うと、四季くんの心臓の音が心地良い。



ただ、わたしの脚で、四季くんの左脚を挟んでいるような状態で…ドキドキが治らない。



「彩ちゃん」


「ん…」



太腿を撫でていた手が、背中へ移動し、頬を撫で、唇に触れる。


どうやら一度触れた箇所には、申告をしないみたいだ。



「四季くん…」


「何?」


「四季くん大好き…」


「うん」



四季くんは頷くと、頬を撫でながら優しくキスをしてくれた。



「彩ちゃん」


「ん…?」


「首にキスしてもいい?」


「うん…」


「そのまま体にキスしてもいい?」


「うん…」


今度は返事を聞いてから、四季くんの唇が顎の下を通り、首筋に触れる。



「四季くん…」


鳥肌が立つみたいに、体が痺れた。



「四季くん…」


「大丈夫?」



首筋に唇を這わしながら、四季くんが声を出す。息が首にかかってくすぐったいのかじれったいのかよく分からない。



「どうしてそこにキスをするの…」


「え?」


「変な気分になる…」


「彩ちゃん、」


「四季くんにもっと触って欲しくなる…」


「……」


「四季くん…」


「…待って彩ちゃん」


「もっとして…」


「ちょっと待って…」


「四季くんに触って欲しい…」


「彩ちゃん」


「もっと四季くんに触りたい…」


「え…」


「どうしたらいいの…」


「え…?」


「裸になればいいの…?」


「彩ちゃん待って…」


「四季くん…」


「手、手を離して…」


「四季くんが触ってくれるところは全部気持ちいい」


「彩ちゃん!」



急に四季くんが大きな声を出すから、自ずと口を閉ざした。



「こんなのはセックスじゃない…」


「こんなの…?」


「あ、いや…ごめん。言い方が悪かった」


「……」


「彩ちゃんはまだ、何も分かってない」


「……」


「こんなもんじゃない…」


「……」


「もっと苦しいし、もっときつい」


「え…?」


「精神的にも、身体的にも、気持ちいいだけじゃない」


「……」


「彩ちゃん、足、大きく開いた事ないだろ…」


「足…?」


「さっき太腿持ち上げただけで、君は体が強張った」


「……」


「セックスするって事は、あれより足を広げるし…君の体をもっと見られるって事…」


「四季くん…」


「あんまり俺を誘惑しないで欲しい」


「四季くん…」


「彩ちゃんは何も分かってない」


「分かってるよ」


「彩ちゃん…」


「本当だよ。四季くんはわたしを見くびり過ぎてる。わたしはそんな事もわからないほど子供じゃない」


「……」


「それでも四季くんに触ってほしいって思った。たくさん考えて決めたの。わかってないのは四季くんの方…恥ずかしいのはしょうがないでしょ…初めてだから緊張するのは当たり前でしょ…それでも四季くんが好きなの…四季くんも同じが良いの…四季くんもわたしと同じように、わたしに触りたいって…」


「彩ちゃん」


「四季くんは何に遠慮してるの…」


「彩ちゃんごめん」


「同意の上でやるんだから、何も後ろめたい事なんてない…」


「彩ちゃん」


「四季くんに求められたい…」


「わかった」


「わかってない…」


「彩ちゃん、わかった」


「本当…?」


「本当」


「じゃあしてくれる?」


「今日はしない」


「え…?」



四季くんの言葉に、声が低くなった。



「彩ちゃんの気持ちはわかった。でも、体は追いついてない」


「え…?」


「彩ちゃん体がずっと緊張してる」


「うん…」


「まずは俺に慣れないと」


「え…?」


「強張ってる君を抱くのは嫌なんだ」


「どうしたら良いの…?」


「このまま続ける?」


「え?」


「さっきの続き、する?」


「する…」


「焦らなくて良いから」


「うん…」


「俺に触られる事に慣れて欲しい」



そう言った四季くんは、言葉通り続きから始めた。首筋を履い、鎖骨や肩、腕や手にキスをして行く。


たまにわたしに視線を合わせてくるから、ずっと見ていたと思われたくなくて、視線を逸らしてしまった。



「彩ちゃん」


呼ばれて視線を合わせる。



「胸、触っていい?」


一々言葉にしたくないだろうに、四季くんはきちんと確認をしてくれた。聞かれたわたしの方が恥ずかしくて、返事ができず頷き返した。



「彩ちゃん、力抜いて」


唇が触れそうな距離で、囁かれる。



下着の上から胸を揉まれ、四季くんの唇がわたしの唇に触れる。胸を撫でられながらされるキスは初めて感じる気持ち良さがあった。



「四季くん…」


「何?」


「気持ちいい?」


「え…?」


「気持ち良くない?」


「え?」


「…え?じゃわからない…」



暗闇に目が慣れて来たとは言え、暗いのは暗い。その表情を見極めるだけの余裕があたしにはない。



「四季くんはわたしにれて気持ち良い?」


「彩ちゃん…」


「何も感じない…?」


「そんな訳ないだろ…」


「言ってくれないとわからない」


「いや、言葉にするのは中々勇気がいるというか…」


「どうして?」


「え…?だって好きな子の体を触りながら気持ち良いなって言うんだろ?」


「触りながら言わなくても良いんだけど…四季くんの気持ちが知りたいだけで…」


「彩ちゃん…」


「ん?」


「君は本当に…」



四季くんはそう言うと、覆い被さるように体を抱き締めてきた。



「…四季くん?」


「こっちの身が持たない」


「え?」


「君の方が肝が座ってる」


「…どうゆうこと?」


「俺がどう感じてるか知りたいなんて、聞ける余裕が君にはあるって事…」


「それは、」


「俺は君がどう感じてるか考えるまでの余裕がない…」


「そんな事…」


「ないんだ…一線を超えないように…ずっと緊張してる。君に触れる度、その先に進みたくなる。君に嫌われたくない一心で、理性が保たれてるようなもんだ」


「四季くんは可笑しなことを言うね」



思わず笑ってしまったわたしに、彼がうつ伏せの状態からゆっくり視線を向けてきた。近づく距離に、彼の瞳が暗がりに映し出される。



「どうしてわたしが四季くんを嫌いになるの?その先に進みたいと言ったのはわたしなのに」



彼の頬を撫でるように包むと、更に近づいた距離に彼の唇を捉えた。



「彩ちゃん愛してる」


紡ぎ出された言葉は、塞がれた唇によってまるでわたしの中に取り込まれて行くような気がした。



…重なる唇。四季くんの手が首筋に回り、更に引き寄せられる。舌が絡み合うまでは一瞬で、ブラのホックが外された事に気づいたのは、四季くんの手がダイレクトに胸に触れた瞬間だった。



何もかもが一瞬で、キスをしている間にわたしのブラジャーは投げ出されてしまい、四季くんの手が背中から太腿まで撫でるように触り動く。その度に密着する体が、彼の衣類に擦れてもどかしかった。



直に触れてくる手の感触は、キスの合間に触れる箇所が移動する。再び胸に触れた手が、温かいのか熱いのかすら判断できないほど。



「四季くん…」


彼の首に手を回し、キスの合間に名前を呼ぶ。



「何…?」


唇に触れたまま彼が言葉を返してくれる。



「四季くん…好き…大好き」


溢れる気持ちを抑えられない。



「彩ちゃん、一回離れるよ」


「え…?」


起き上がろうとする四季くんの腕を、咄嗟に掴んだ。



「熱い」


「え…?」


「服脱ぐ」


「服脱ぐ…?」


「熱い」


そう言って、咄嗟に掴んだ腕はいとも簡単に離れ、彼は上のシャツを脱ぎ捨てた。



露わになった上半身に胸がどきどきと高鳴る。男の人の体を見るのは初めてで、それが四季くんとなると、どきどきが動悸に変わり始めた。



「四季くん…」


「何…?」



四季くんは再び顔を寄せると、わたしの声に耳を傾けてくれる。そんなところが凄く好きで、優しい話し方が大好きで、時々素が出て荒っぽい口調になるのも胸がきゅんとして…大人な彼が魅せる表情が、わたしを欲しているのかと思うと、わたしまで全身が熱を帯びて来た。



「このあとどうするの…」


「え?」


「このあとどうしたらいい…?」


「大丈夫。力抜いて」


「うん…」


「手を回して」


「うん…」


「ぎゅってして」


「うん…」


「俺の心臓の音聞こえる?」


「…聞こえる」


「異常なくらい緊張してる」


「うん…」


「彩ちゃんの方が落ち着いてるだろ?」



そう言って笑った四季くんに、首を大きく横に振った。



「え?」


そんなわたしに再び笑いながら声を出す彼に、また胸が高鳴る。



「怖くなったら言える?」


「うん…」


「途中で嫌だって言える?」


「言う…」


「わかった。君を信じるから。俺を信じて」


「うん」



彼の言葉に従って、そのあとの全てを彼に委ねた。

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